2011/04/30

みなさま、いかがお過ごしでしょうか?

前田は、今日もじゃんじゃか働いてます

今、派遣の仕事中です
東北には今日もボランティアが沢山
いらっしゃってるようですね

ニュースで聞いて大変嬉しくありがたく思いました

先週行った石巻では、ボランティアがまだまだ必要だ!
足りていない!
という状況だと、震災以来、現地で活動している皆さんが、おっしゃっていました

何かしたいと思ってらっしゃる方、
ぜひこのGWにご検討されてみては
いかがでしょうか?

では、そろそろ仕事に戻ります

2011/04/29

働き中!

石巻報告を書きたくてウズウズ。
・・が、帰宅後、連日 派遣仕事に
追われております(><)

なのでご報告、もう少し、
お待ちいただけたら幸いです(--)m;;
今日もこれから、お仕事に。


東北の方々との出会いは、私にたくさんの
元気とエネルギーをくださいました。

日本中、たすけあって
手をつないでいけたら素敵です

まずは、自分の基盤を固めながらも、
映像報告もしっかりできるように
気合いれていきます。

福島の農家さんも、宮城の石巻の
漁協の皆さんも、たいへんな中、
ご自身のお話を話してくださいました。

原発による、風評被害がなければ
もし、今回、地震と津波のみ
の災害で済んでいたら、甚大な被害ながらも
少しづつ、復興の兆しと見通しがついてくるはず。

原発の風評被害は、皆さんの心と頭に
言いようのない、暗雲をもたらしている
「先が見えない・・」と

でも、時間がかかっても必ず
みんなで解決していきたい。

がんぱっぺ、日本・・!

前田も、微力ながら、
今日もできることを。
「魔法の9」も、同時進行です(^^)

では、行ってきます

良い1日をお過ごしくださいませ

2011/04/27

石巻。

誰かの生活の場が
すべて、瓦礫の中へと埋まる。

ごめんね。
ごめんね。

謝りながら、写真を撮った。
こんなに辛い光景も、
立て直して、いつか
笑える日が来ることを
心より願い、祈る。
小さな、小さな
何かお手伝いができたら、と
願いながら。

           







石巻の、桜。

石巻の桜を見ていると、
じわじわ、とエネルギーが
腹の底の方から、湧いてくる気がした。
なぜか、泣きそうになった。

写真だけではお伝えできない
たくさんの方々との出逢い。
少しづつ、ご報告アップさせていただきます
今日も、希望の1日を皆さまが過ごされますように・・
今朝の太陽に、感謝しながら。

2011/04/26

ひとまず。

みなさま、おはようございます
ようやく、香川の自宅に帰りました

まずは、今からシャワーで、放射能系を
洗い流したいと思います。

(・・なんて書くと、東北が危険地帯みたいに
思えてしまうかもしれないですが --m;
前田は、現在のレベル7と診断された、
日本の原発事故に鑑み、
外出後は、できる限り、シャワーで放射能対策を
行うようにしています。
(東北に限らず。地元香川でも、同じようにしています)

たとえ、微量であろうと、見えない放射能は
まだ、生物にとって、未知なもの。
できる範囲の予防は、
自分や、自分以外の方々への
義務だと、思っています

もはや、アメリカや海外でも、日本からの
放射能物質は、確認されていますので、
こういった予防策は、東北のみのモンダイでは
もはやない、と前田は思います )

今日は、ヨガで身体をメンテナンスしながら
昆布系を補給しつつ、
これから、石巻でお聞きした数々について
まとめていきたいと思います。

ではでは!
今日も皆さまにとって、希望の1日となりますように

2011/04/25

帰り道

昨夜、石巻を出発して早朝東京に着きました。
高速バスやフェリーを乗り継いで、
明日、香川の自宅に帰る予定です。
この一週間はパソコン環境になく、
ブログのアップができず、ごめんなさい(T_T)

今回も、たくさんの事がありました

石巻で出会った方々の事、
見聞きした事、また追って報告していけたら、と思います。

2011/04/18

ありがとうございました&行ってきます

昨日、東京で、
福島でお聞きした話や映像を見ていただきました
お忙しいなか、ご来場いただき
耳を傾けてくださった皆様、本当に
ありがとうございました
ご縁に、感謝感謝です


今から、石巻に行ってまいります
また、映像でのご報告ができましたら
幸いです

・・では、たくさんの感謝をこめて♪
行ってきます・・!

2011/04/17

東京♪

到着しました
昨日、高速バスに乗る直前まで、徹夜で
映像編集してたので、寝てる間に
一挙に東京に着きました(^^)

今日のお話会で、お見せするDVD、
まだ自分でも通しで見てないので
今から、ネカフェでチェックなり
どきどき(><)

福島の友人たちからいただいた声を
きちんと伝達できますように・・!

関東近隣のみなさま、よろしければ、
ぜひ、おいでくださいませ♪  ↓ ↓

http://mahou9.blogspot.com/2011/04/17.html

もし、ご参加くださる方で、
以下の物資をご寄付
いただける方、よろしければ
ご持参お願いします(^^)

前田は、18日から石巻に、お手伝いに
行くので、そのまま現地に運びます・・!


●電池の単1単2
●高齢者用の杖
●エコタワシ(アクリル毛糸で編んだもの)
●女性の下着(新品)

2011/04/16

明日17日、お話会(^^)

皆さま、おはようございます
といっても、前田は、徹夜明けです。
もう少しで、17日の映像編集ができます。
何を一番に伝えるか?
考えがまとまるまで、昨日も丸1日
あれこれ、模索してました

さて!いよいよ、明日です!
東京のお話会
ぜひ、いらしてくださいませ♪
17日(日)
http://mahou9.blogspot.com/2011/04/17.html


もし、ご参加くださる方で、
以下の物資をご寄付
いただける方、よろしければ
ご持参お願いします(^^)
前田は、18日から石巻に、お手伝いに
行くので、そのまま現地に運びます・・!

●電池の単1単2
●高齢者用の杖
●エコタワシ(アクリル毛糸で編んだもの)
●女性の下着(新品)

2011/04/14

17日、東京でお話会します♪

皆さま、福島で現地の方からお聞きしたお話を、
17日に、東京で、シェアさせていただきます。

●14時~/和室(2階)
●18時~/第1会議室(1階)

と2回、お話があるのですが、
夜の回は、福島の方のコメント映像も
見ていただく予定です・・!
(ただ今、製作中です。ぐゎんばりま~す^^)

ぜひぜひ大好きになった
LOVE☆福島県 のために、
いっしょに出来る事を
考えていただけましたら
幸いです・・!
どうぞ、よろしくお願いします・・!!(><)

また、友人のるいるいサンタが
約3週間、石巻で、活動してきた際の
お話を、してくれます
是非ぜひ、ご参加お待ちしております(^^)♪



(以下、詳細です^^)
もちろん、入場無料!!

晴れ4月17日(日)るいるいサンタ × 前田真吹 「被災地の声」
            石巻入学& 福島応援 プロジェクトin三鷹晴れ

るいるいサンタさんから「石巻でみてきたこと」を
前田真吹から、
「福島県 須賀川市・郡山市からの こえ」を
お話しさせて頂き、
4月21日の
大原小学校の入学式の飾りなどの作業をします♪
(お手伝い、大歓迎です♪一緒に♪楽しく♪作業しませんか^^
もちろん、お話だけお聞きいただくのも、大歓迎です♪)

 ◆月日◆4月17日(日)
◆時間◆14時~/和室(2階)
    18時~/第1会議室(1階)

    ☆るいるいサンタ「石巻で見てきたこと」
    ☆前田しぶき「福島県の声」
    ☆入学式&始業式盛り上げる作業

★予約は要りません → そのまま会場へお越しください
★入場は無料ですが、カンパをお願いします
(石巻の小学校の入学式&始業式盛り上げ経費・復興支援等に使わせてもらいます)
★持ち物として、はさみ、のり、油性マジック、折り紙、食べ物・飲み物
など、ご用意出来る方はお願いします。
 
◆会場◆武蔵野西久保コミュニティセンター
(〒180-0013 武蔵野市西久保1-23-7)
http://www2.wagamachi-guide.com/musashino/mapajax.asp?GPOS=139.5600852,35.7026944&GSCL=5000&SSIZ=500,500&id=67&sid=5036

※JR三鷹駅北口から徒歩7分
三鷹駅北口ロータリーを超えた
三鷹大通り、左手に三井住友銀行・松屋、
京樽、モスバーガー、東急ストアがあります。
東急ストアとパン屋さんの間を
左に曲がればあとはずっとまっすぐ。
すぐにファミリーマートが見えてくるので
信号を渡りさらに進みます。
しばらくすると左手に西久保コミュニティセンターがあります。

※一番近い駐車場は
タイムズ三鷹駅前第3(武蔵野市中町1-8)ですので、
お車で来られる方はこちらを
ご利用すると会場も近いです。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

●プロフィール●

るいるいサンタよりメッセージ。☆
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=8217081&from=navi
(mixi)

3月19日~4月7日まで19日間、
宮崎県石巻・牡鹿半島で活動してきました

私は、避難所や避難所に指定されてない所
を人に聞きながら探して
物資を届ける役割をさせてもらい、
毎日、毎日、被災地の方々と会い
話を聞いてきました。

村も小学校も流された谷川の小学4年生
の男の子にスケッチブックを渡して
「何を描くの?」と聞いたら
「未来を描きたい」と答えました。

家や学校や大切な方を亡くした子ども達
の未来や希望のお手伝いとして、
4月21日の入学式&始業式を
盛り上げていきたいと思い、4月から通う
大原小学校の先生にご連絡したら

「余裕が無くて、入学式や始業式を
盛り上げようと考えてもなかった。
ありがとうございます。ありがとうございます。
本当にこども達が喜びます」とお返事を戴けました。

その希望が、大人、石巻、宮城、日本、
世界、地球を、生きる喜びという
光で照らせるように(^^)v

ランドセルを流された子どもたちに、
北海道の仲間がピカピカの新しい
ランドセルを集めてくれました。

奥芝洋介ブログ
http://okusyo.exblog.jp/
わんだふる北海道ブログ
http://ameblo.jp/wonderfulhokkaido

バルーン会社が無償で水に溶ける風船
を提供してくれました。
こども達に手書きで未来や希望のメッセージ
を書いてもらい飛ばします。

●前田真吹 より●

風評被害に直面する農家さんや、
小さな子どもを持つお母さんは
今、どんな想いで、生活されているの?
4月4日、福島県 須賀川市・郡山市で聞いた、
現地の方々のこえを
どうぞ、お伝えさせてください☆

●プロフィール●
映像製作人 (^^)
現地からの声を伝える、「人と人の架け橋」となる、
映像創りをめざしています

2003年アフガニスタン訪問を始め
2004年 新潟の中越地震
2005年 スマトラ沖津波のあったインドネシア・アチェ・・他 
調査・支援・取材等
現在は、自主映画製作中。
http://mahou9.blogspot.com/

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

以下、るいるいサンタより、笑顔写真募集のお知らせです♪
よろしくお願いします(^^)

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


晴れ募集☆笑顔写真晴れ



色んな県、年齢、国の人たちの
笑顔をメッセージと一緒に届けたい
一言メッセージと県名(国名)とお名前を書いたもの
を持った写真を メールに添付して
「笑顔写真」とタイトルに書いて送ってください
被災地各地で届けて行きたいと思っています
まずは、4月21日の大原小学校入学式に届けます
私が18日に石巻に出発するので、
16日(土曜日)20時までにお願いします
ruriuisanta_rainbow@yahoo.co.jp
※あまりに多い場合、印刷が間に合わない場合
はごめんなさい(*_*)

2万マイクロシーベルトで、遊ぶ子ども?


驚きです。やゃ・・
驚きを通り越して、衝撃ですら、あります  --m

皆さま、10日の、読売新聞によると、

文科省が、福島の幼稚園や学校
の屋外での放射線基準を示す際の、
基準として、

児童生徒の年間被曝(ひばく)許容量を
20ミリ・シーベルト(2万マイクロ・シーベルト)
として、算定する方針を、示した
という事なのですが・・
児童(記事によると、
幼稚園も含まれている)に、
2万マイクロシーベルト
という数値は、素人の私にも
??なんだか、いいのかな?
不安だな?と感じています。
なんだか、2万マイクロシーベルト、と
書かれても、私たち一般人には、
イマイチ、ピンとこない感じ、あると思います

(^^;)??

・・なので、以下の
(ウィキペディア)
を、参考に、見てみたい、と思います(^^;)


☆まず、上記をクリックしていただき、
一覧表の、
2千マイクロシーベルトの欄
(一覧表 左端の「実効線量」の
上から4段目の、「2」のところ。)

を、見ていただきたい。
ここでは・・
●妊婦さんは、2千マイクロシーベルトまで。
とされている。
しかもこれは、
「1年で2千マイクロシーベルト」ではなく、
「3ケ月で、2千マイクロシーベルト」と、
期間も更に、限定してる。
なるほど、胎児が一番、放射能の
影響を受けるのは、分かる。

・・が、この事を基準に見ると、
今回、幼稚園児に、上記の妊婦さんの
約40倍の放射能を、認めた、という事に、なる。

(繰り返しますが、今回、文科省は
子どもたちに「1年で2万マイクロシーベルト」
許容している。)


幼児だって、まだまだ
成長期が始まったばかりで
細胞分裂が盛んだ。
放射能は、遺伝子に最も、影響するそうですが
一挙に妊婦さんの40倍を、
許して、本当に大丈夫(><)??

さらに驚くのは、下記の記述。
同じく、上記サイトの一覧表の
2千マイクロシーベルトの欄に、
左端の「実効線量」の
上から5段目の、「2」のところ。)

広島における爆心地から
12km地点での被曝量
(12kmまでの直接被爆が認定されると、
原爆手帳が与えられる)
・・とある。


「原爆手帳が、与えられる」
これ、どういうことかというと、


「原爆症」 (つまり、白血病や癌などの病気)
を発症する可能性が大きいから、
「医療費を永年、無料にしますよ」と、
国が認めてきたって事ですよね?
年間2千マイクロシーベルトで。(^^;)

(皆さま、私が、何か
勘違いして、間違っていましたら
どうぞ、ご指摘を、ぜひ、お願いします><

むしろ、私が何か、間違っていることを
望みたい気持ちで、いっぱいです。
よろしくお願いします
shivukim@gmail.com

私は今まで、
広島・長崎で、
1度ならず、2度までも
発病し、病と手術をくぐり抜けて闘い、
又は、一緒に被曝したご家族を
看取りながら、今も、ご健在に
おられる、被爆者の方々
のお話を、何度か伺ってきました。
皆さん、当然、この原爆手帳を
持ってらっしゃいます。
今回、なにを根拠に、
文科省・つまり日本政府は
幼児達に、2万マイクロシーベルトの場所を
あてがい、看過してしまうの・・?(><)
あぁ・・。
理解に、困るうぅぅぅ・・・・


改めて。
自分の住む国を見る目が・・
変わっていきます  --m  ぶるぶる。
これは、見過ごせないです、本当に。 --m;;
皆さま、小さないのちのために、
何ができるか
さらに真剣に考えて参りたいと、思います
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
以下、読売新聞より転載です

校庭活動に放射線基準…文科省、福島県に提示へ
(読売新聞 4月10日)

 文部科学省は、校庭など、幼稚園や学校の屋外で
子供が活動する際の放射線量の基準を
近く福島県に示す方針を固めた。


 同県内では、一部の学校で比較的高い
濃度の放射線量や放射性物質が
検出されており、体育など屋外活動の
実施可否について早期に基準を示す
必要があると判断した。


 同省などによると、基準は、
児童生徒の年間被曝(ひばく)許容量を
20ミリ・シーベルト(2万マイクロ・シーベルト)として、
一般的な校庭の使用時間などを勘案して
算定する方針。
 原子力安全委員会の助言を得た上で、
大気中の線量基準などを同県に示す。
基準を超えた場合、校庭を使用禁止にし、
授業を屋内だけに限る
などの措置をとる案も出ている。

(以上、転載おわり)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

2011/04/13

大震災チャリティーイベント!

皆さま、昨日から、とうとう始まりました・・!

田中 優さんと、
まーちゃんによる、
希望の、東日本大震災チャリティーイベントです。

田中優さんによる、原発の話は、分かりやすく
お勧めでっす・・!(^^)



以下、詳細です。

(※ 各地での開催は、どんどん増えていくようなので、
以下のサイトで、随時、チェックしてみて下さいませ♪♪ )
● 南風人まーちゃんブログ   http://kajipito.net/shinentai/
● 主催のNGO 心援隊ブログ  http://ameblo.jp/shinentai/
●田中 優さんブログ  http://tanakayu.blogspot.com/


$心援隊のブログ

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

全会場入場無料!!
----------------------------
東日本大震災チャリティーイベント
 『今こそ、日本再生』
~希望の未来を切り開こう~
----------------------------

★優ちゃんまーちゃん★全国ツアー♪全16会場!

講演: 田中優
唄: 南ぬ風人まーちゃんうーぽー
他、応援ゲストあり

●4月12日(火)
鹿児島市・かごしま県民交流センター中ホール(300名限定)
18時半:開場 18時45分:開演~21時半
他出演:橋之口みゆき(め組JAPAN鹿児島チーム)
問い:橋之口みゆき 090-8417-1951

●4月13日(水)
長崎市・長崎ブリックホール・国際会議場(500名限定)
18時:開場 18時半:開演~21時
問い:秋月よりこ 090-3605-6523

●4月14日(木)
福岡市博多区・博多市民センター・ホール(500名限定)
18時:開場 18時半:開演~21時
問い:NGO心援隊 090-5042-8818
協力:チーム侍、他

●4月15日(金)岡山市・岡山衛生会館『三木記念ホール』(700名限定)
17時半:開場 18時半:開演~21時終了予定
主催:NGOチームはるはる
問い:090-2805-9838(いしはら)

●4月16日(土)
奈良市・奈良県歯科医師会館(500名限定)
12時開場 13時~16時
主催:風人の祭in奈良 実行委員会
問い:080-4241-4413 (すずき)

●4月18日(月)
京都市・京都教育文化センター ホール(350人限定)
18時開場 18時半開演 ~21時終了予定
問い:090-8141-6478(虹色パンダ ちえ)
※託児あり、要予約

●4月19日(火)
大阪市・同朋会館

●4月25日(月)
宮城県仙台市

●4月26日(火)
岩手県・北上市文化交流センター さくらホール
問い:0198-46-9606(ふじね)

●4月27日(水)福島県

●4月28日(木)
栃木県

●5月18日(水)岐阜県郡上市・日本まん真ん中センター 多目的ホール
問い:otsishi@oregano.ocn.ne.jp(むらせ)

●5月23日(月)
愛媛県伊予郡・松前総合文化センター 広域学習ホール
問い:080-5660-6578(よだ)

●5月24日(火)
広島県(予定)

●5/25(水)
愛知県(予定)

●5月26日(木)
神奈川県(予定)

◆ツアー主催・問合せ
復興支援NGO 心援隊

http://ameblo.jp/shinentai/

TEL:06-6101-8818 FAX:06-6889-7731
メール:
event@painukaji.com

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

福島原発、レベル7に引き上げ


京都大学原子炉実験所の小出裕章先生さんの、
ラジオ出演時のコメントです。



いつも穏やかで優しい印象の、小出氏が
「今ごろ、政府が、福島原発の事故を
レベル7に引き上げて発表した事について、
「あまりにも、ばかばかしくて、コメント
も、したくありません・・」等、怒りの発言(><)

小出先生ご自身も
「当初から、そう思っていた」し、
「事故後、1日目から、政府・電力会社は
モニタリングポストの結果から
分かっていたと思います」と。

国際評価基準レベル7という事は、
チェルノブイリ事故と並ぶ規模の
原発事故だという事が、認定されて
しまった、という事。
今、全員で足をとめて、
この事態の大きさを
ともに、考えていきましょう・・!

小出先生は、当初から
「最悪のシナリオを考えて動く必要性」を
何度も、コメントされていた。
と同時に、「自分の見方が、間違っているという事を
最も、期待したい」とも・・。

肝を据えて今、
きちんと事実を把握していきたい。
少しでもいい。
未来の希望につながる行動を
今とることを、あきらめたくない。

悲観し過ぎず、人間を信じて
前に進みましょう・・!

2011/04/12

福島聞き取りレポート③

☆☆☆☆☆☆☆

福島聞き取りレポート③

☆☆☆☆☆☆☆

(※以下、4月4日、
福島県郡山市での聞き取りです)

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


●NPO法人 あいえる 理事長 白石清春さん●


被災後、いちはやく
支援センターを、立ち上げる。
~福島県の、障がい者のため。~

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

福島県郡山市の、社会福祉施設。

車椅子をゆっくり押しながら、
NPO法人 あいえる 
http://www1.ocn.ne.jp/~officeil/
の理事長
白石清春さんが、現れた。


多忙な白石さんは、
震災後の、これからの活動の為の、
重要な会議の途中
お時間を裂いて、
抜けて来てくださった。


現れた白石さんは
そんな多忙さを、微塵も、感じさせない。
柔和で、やさしい印象だ。
何か、包みこむようなオーラを
感じさせる、不思議な方だ。


そんな白石さんのmixiのプロフィールは
以下の文で始まる・・。

●●●●●

カレーパンマンです。
脳性まひという障がいをもっています。
はじめまして。
現在K市で障がい者の生活全般にわたって
サポート事業を行っている
Npo法人の理事長をつとめています。

●●●●●

どうだろう
この、一見サラッとした、自己紹介文に
私は驚きを、隠せない。


なぜなら、白石さんは
「 日本における、障がい者自立生活運動のリーダー(!)」
といわれている方であり、
今まで、いくつもの障がい福祉施設
を立ち上げてこられた、
スゴイ方なのだ。
(その他、アーティストとしてのご活躍や
著書も、いくつか書かれている。多才だ・・。)


ちなみに、白石さんの、
mixiのプロフィール写真は、
カレーパンマンのぬいぐるみの写真だ。
どこか、ほのぼとした、気もちになる。


今回の地震の後、
白石さんはご自身の施設の建築に、
いくつかの、被害を確認しながらも、
職員・利用者とも、全員の無事を確認。


そうして、
震災後いち早く
「被災した、福島県の、障がいを持つ方々」
を支援するセンターを、
(通称: 被災地障がい者支援センター福島 )
立ち上げられた。


障がいを持つ方の、
避難所での生活は、
身体的にも、
精神的にも、
多大なストレスと苦痛を伴うケースが、ある。


固い床が、個々の身体に、
強度の圧迫を与える、身体的不調。


また、適切なカウンセリングも
受けられない、非常時。
慣れない、集団生活に、
精神的な症状の悪化も、懸念される。


例えば、自閉症の子が、周囲の環境に
戸惑い、叫び出したりした場合、
親御さん達は、周囲を気遣い、
結局、住むのに困難な、自宅に戻ってしまったりする。


実際、原発のすぐ近くで、避難区域に
指定されているにも関わらず、
一家で、住み続けていたケースも
確認されたとか・・。


また、精神科の病院のない
地域に住んでいた患者さんは
被災後、通院も、薬の処方もなしで、
何週間も、過ごさねばならなかった。


「とうとう世界の終わりが来た!!!」と1人で悩み、
症状を悪化させたりしていた、
統合失調症の方もいた、という話も・・。
(切ない・・。><)


ここで、白石さん達が、まず、
求めるのは「情報」だ。

「どこの避難所に、どんな症状の、
どんな、障がいを持った方が、
いるのか・・・?」
まずは把握を急ぐことが
大事であり、今もその情報を
求め続けている。
(JIL等、他団体と連携して、調査を続けている、と。)


震災後、たくさんの障がい者の方が、
白石さんの施設で生活されていたそうで、
白石さんに、今後必要な物資はありますか?と
お聞きしたところ、

「野菜不足が続いていて、
野菜ジュースが欲しい」と言われた。
(注: 4月4日時点での、返答)

まず、 この時点で、
「銀河のほとり」に、既に
全国から届いていた
野菜ジュースを、
銀河のママ、有馬克子さんが、渡してくれました♪(^^)


私も、帰宅したらお送りするつもりで、
自宅に帰って、白石さんの
センターのコミュを見て、びっくり!

なんと、この短い期間に、
思いのほか、野菜ジュースが届き
募集を、打ち切った、との事。
(※現在も募集は、してない状況です。
又、再開するタイミングも、あるかもしれませんが・・)


これは、白石さん達の活動が、
多くの方のの理解と支持を得ているという事で、
とても、うれしく感じました!


・・と同時に
障がいを持っておられる方への
「震災時の援助の大切さ・必要性」を
多くの方が、知っているんだ、
という事に、
改めて、驚かされました。

私は、今までの自身の無知を、
反省しなければなりません(><)
今回、とても、学ばせていただきました!


又、今後の生活の復旧に向け
新たなニーズや、募集等も、
出てくるかと思いますので
皆さまも、以下のコミュに、
ご注目の程、よろしくお願いします♪(^^)♪


☆被災地障がい者支援センター福島 (mixi コミュ)
 http://mixi.jp/view_community.pl?id=5540756


☆☆☆☆☆☆★☆☆☆☆★☆☆★☆☆☆☆★

 今現在は、義援金を
以下のように募集しておられます。
ご参考までに・・・。

口座番号 東邦銀行郡山支店 
普通預金 2281907

被災地障がい者支援センター福島 
代表 白石清春


☆☆☆☆☆☆★☆☆☆☆★☆☆★☆☆☆☆★


☆以下は、白石さんのアーティスト活動。
素晴らしい笑顔です(^^)ご参考までにて・・。
 http://www.youtube.com/watch?v=MWlmyBcrnEM&feature=player_embedded





☆皆さま☆

今回で、福島・聞き取りレポートは終了です。
長いメールをお読みいただき、ありがとうございました(^^)

ご自身もお忙しい中、
素晴らしい方々との出会いを繋げていただいた
有馬克子さんに、改めて、お礼申しあげます。

 今後とも、微力ながら頭と知恵(??)と身体(?)を使い、
福島の方々と、一緒に動かせていただけたら、と願います♪
 今後とも、よろしくお願いします(^^)♪


☆ LOVELOVE 福島!☆

2011/04/11

17日に、福島のお話会!

みなさま、17日(日)に、東京で
少し、お話しをさせていただく事になりました。

先日の福島で見聞きしたこと、
出逢った方々から聞いたお話を
シェアさせていただければ、と思います。
(今回、お声かけをいただき、
「わずかの滞在しかしていない私などが
福島のお話なんて、できるのか」・・と
一旦は、お断りしようかと思いましたが、
現地の方々は、お忙しいなか、
快く、お話しを聞かせて下さいました。
それを思うと、どうしても、断ってはいけない、と思いました。
彼らの想いを、そのまま、お伝えさせていただけたら
幸いです)

実際に、映像で見ていただくかもしれません。
今、いろいろ模索中です(^^)

詳細、おって、ご連絡しますので
関東近隣のみなさま、もしよろしければ
日程開けておいてくださいませ♪

又、翌日18日から、前田は、その足で、
石巻にお手伝いに行かせて
いただきます。

なので、もし、上記17日のお話会に
ご参加いただける方で、以下をご寄付
いただける方は、どうぞ、ご持参いただけましたら
幸いです。よろしくお願いいたします・・!(><)

現地では、今以下が必要とのことです。

●単一・単二電池、●女性用下着(新品)
●高齢者用の、杖
(中古も可。が、綺麗な良品に、限らせていただきます。)

では17日の詳細、また追って
アップさせていただきます

よろしくお願いいたします 

戻りました

皆さま、おはようございます
昨夜、香川に帰りました。

以下の写真、どこだと思われますか・・?

 きっと、今回の、東北関東大震災の写真だと、
思われた方が、多い事と思います。

でも、答えは、違うんです。
上記は、おととい長崎で撮ってきた写真です。

???と思われた方、ムリもありません(^^;)
上の写真は、長崎の「軍艦島」の写真です。
取材に行ってきたのは、前田が
以前から、どうしても
ここに行きたかったためでした。

「棄てられた、島、軍艦島」
つまり、
1974年に、国策によって
廃島になった島。

この島では、
当時日本を動かす、
大きなエネルギー源となっていた<石炭>が
眠っている事が分かり、当時の日本政府により
石炭を掘り出すためだけに、
徹底的に整備されました。
当時の日本で、最も優れた技術と資本が
集った、「最新の生活」も、享受できたと
いわれます。
(当時はまだ珍しかった、テレビが、
各戸にあったというから、オドロキです)

当時の、軍艦島の様子。労働者をはじめ、
この事業に携わった方々が、大挙して暮らしておられた。

今、「電気 イコール 原子力」が、日本では
「当たり前」と思われており、
「世界の主要エネルギーは、石油。」
「石油がなければ、未来はない」くらいの
脅迫観念にも似た、考えが
今の世界を支配していますが・・

なんのなんの!
一昔前には、
石炭という資源が、神のように
崇められ、もてはやされていた、
時代も、あったのだ~。

時代は、変わる。

過去から学び、
今こそ、
未来を読みましょう。
うまくいかない物は、
変えていこう。
今こそ、
新たな次世代エネルギー
「自然エネルギー」へのシフトを
心から願います・・・!

たいせつなものを、守りたい
という、暖かな気持ちで、
今、想いを、つなげていこう。

フェリーから臨む、今の軍艦島。

さて、話は、
軍艦島に戻りたい、と思います。

取材を通して、
どうしても気になることが、ある。
石炭を大量に供給してきた、この軍艦島。
そこで
大量に働いていたはずの、
当時の朝鮮人労働者の存在が
全くと言っていいほど、
今の日本で、言い伝えられていない。

私が今回参加した、「軍艦島ツアー」に、
ガイド・ボランティアの方が数名同行して、
当時の説明等、して下さったのだが、
朝鮮人の方についての言及は、
一切、為されなかった。

当時の日本には、
朝鮮の方々が、たくさんいた。
さまざまな資料を見ても、
長崎だけでも、(少なく見ても)
3万人の朝鮮人がいたはずだ。
(中には、強制連行という形で、
日本に連れて来られ、
長年に渡り、過酷な、強制労働
を強いられた朝鮮人も
多数おられる事は
現在、さまざまな、資料によって、
証明されている)


 人体への健康被害も言われてきた、
深い洞窟内での危険と隣り合わせの、
石炭を掘り出す作業。

この重大な役割を担った多くは、
朝鮮の方々だったはずだ。
仕事中の事故で、命を落とした方々も
数え切れないはずだ、と前田は当時の
資料を見ながら、推測している。

この数日の長崎での取材で、
「当時いたはずの、朝鮮人の存在」が
ほぼ、歴史から
消えそうになっていることに
本当に、心底驚いた。

彼らの1人1人は、
間違いなく、戦後の
日本の経済復興に、大きく寄与してくれた
存在であったはずだ。
彼らにも、家族がいたはずだ。
帰りを、ひたすら待っていた家族達が。

 そう想うにつけ、
今の日本の、いわゆる「公的な施設」で
彼らの存在が、
一言も言及されていない事に
ある、違和感を、
感じてしまうのであります。
前田は、なんだか、
どこかで、気になって、
仕方がないのであります。

今後とも、この辺りを取材させていただきたいと
思います


今日も、砂一粒、できることを
して参ります・・!
今日こそ、先日の福島の写真をアップできるよう
がんばります・・!

2011/04/10

福島・聞き取りレポート②

皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
前田真吹(しぶき)です(^^)

先日の、福島の現地の方からの聞き取りを、
下記に、レポートさせていただきます☆

後、余談ですが、今、私用で長崎にいます。
先ほど、長崎原爆の被爆者の方と
話しましたが、「東北は、だいじょぶよ」と
笑いかけてくれました。

彼は小学2年の時に原爆が市内に落ちて、今73歳です。
原爆と原子力では、又細かい違いがあるのかもしれないので又、
私自身、勉強が必要ですが、
(無知ですみません><)

「だいじょぶ!私は今まで、一度も大きい病気もなく、生きて来た。」
と笑いかけて下さった、しわしわの優しい表情に、
今後も頑張って勉強するゾ、と励みをいただきました。

みんなの優しさと、正しい知識で、
乗り越えて行きたいです・・!
がんばるゾ!
LOVE LOVE福島!
ありがとうございます(^^)

☆☆☆☆☆☆☆
福島聞き取りレポート②
☆☆☆☆☆☆☆
(※以下全て、4月4日、
福島県・須賀川市での聞き取り)
☆☆☆☆☆☆☆
●紀洋建設 黒澤昌広さん●


▽福島の大工さんは、今日も野外でがんばっている▽

建築家の黒澤さんに、今回の震災・原発事故以後の
お仕事への影響を聞いた。
平日の昼過ぎと、お忙しい時間に、
建設事務所を訪問してしまったにも関わらず、
笑顔で迎えて下さり、美味しい珈琲まで
ご馳走になってしまい(><)
大変恐縮でした!

以下、黒澤さんとの会話から要約抜粋です。
黒澤さん:
「今、仮説住宅の建設が急いで行われている関係で、
民間の私達に、必要な物資が、なかなか
入ってこず、困ってます。
資材が、なかなか手に入らない・・。
「早く治してほしい」と、震災で家が壊れたお客さんが沢山いる中、
ここが解決される事が一番の願い。」と
真摯な表情で、答えた。

更に黒澤さんに、
「実際、家が壊れてしまって困っている方々に、
政府の援助は
適切なかたちで、手がさしのべられていますか?」と聞いた。

黒澤:「いや、それが、ちょっと・・。
家屋が全壊だったりして、政府から認定を受けた方には、
再建のための援助が出るんですが、
家が一部、壊れた
<一部損壊>の場合、
重要な部分が壊れて、家に住めない状況にあっても、
援助は出ない。
そんな方が案外、多い。
それで私も、銀行周りをして、
今どんなローンが組めるのか、聞いて回ったんです。
そしたら金利が・・どこも高いんですよね。お金のある方はまだいいけど、
被災のし方は、さまざまだから、
困っている方が多いですね」と、
困惑した表情だ。

さらに黒澤さんからこんな話を聞いた。
県外から、いくつかの建設会社が参入して仕事をしている話が
聞こえてきている。
資材も人手もなく、みんなが困っている状況なので、
そういった「復旧の手助け」という意味で、
東北に入り、仕事をして下さっているなら、
もちろん有難い事だし、感謝する。
が、実際は、べらぼうに高い見積もりを出している話も
お客さん達から、聞こえてきている、と。
「早くやる代わりに・・」と値を上げるようなやり方だ。
以上を聞き、これが本当なら、
なんともやるせない話だと思った。
この非常時に、そんな額を払える人は
少数だと思うのだが・・。

更に、黒澤さんは言う。
「みんなが大変な状況の中、
福島の大工さん達は、原発事故後も、せっせと毎日、
野外で仕事をしてくれている。
例え雨が降っても、
(雨の日は、放射能の数値が上がると
言われる)
早くみんなが家に帰れるように、
頑張ってくれている。」
そう言った黒澤さんの表情には、
仕事への誇りがかいま見えた。
が、指示を出す立場の人間として
「原発事故後、
間もない今、
野外での仕事を進める事については、
辛いものがあるのではないか、と
心中を察するものがあった。
福島の皆さんは、本当に助けあっておられます。


野外で働き続ける、福島県の大工さんたち。



最後に黒澤さんに、
「私達に何かできる事はありますか?」
と聞いた。
すると「今、お話したような現状を、知って、
共有してもらえるだけで、ありがたいです。」と。
そして
「資材に関しては、本当に困っているので、
あまり影響のなかった地域の業者さん(特に大きいところ)は
大量に買うのを自粛して下されば、
その分東北にまわると思うので、
良かったらそういう事も、伝えてほしい。」
との事。
また、こうもおっしゃった。
「県外の若者達が、今福島にボランティアに来たり
してる。
もっとテレビなどで、県外から沢山の人が
福島に来ている事を、伝えてほしい。」


最後に、住宅の問題を考えるご参考までに
私前田の知人の話を、下記に、書かせていただく。
私の知人も今回、家の一部が壊れてしまいました。
自宅に待避しても、
壊れた家では、
原発の放射能から、家族の体を守れない、と判断し、
今も、親戚の家に滞在し続けている。
今回は、震災に加えて、
原発の放射能の問題が、からんでくる為
今までの政府の
家屋修復の「援助基準」をも、
市民の目線に立って、新たに考え直す必要にあるのではないか?と感じます。
以上、前田より、
補足にて、失礼しました。

以上、住宅再建について、考える一助にしていただけたら、幸いです。
私個人は、政府にメールして、上記の現地の声を
届けさせていただきます☆
ありがとうございました。

☆☆☆☆☆☆☆☆
福島現地レポート③に続く

今から

いったん、香川に帰りますなう。
久しぶりに5時間寝れましたなり ^^

2011/04/09

取材は、ひとまず

長崎取材 今回はひとまず
終了です。
また、必ず来ます
今の原発が、もう少し収束できた状況になれば・・。

今日の取材も、結構きつかったっす。
日本の過去の史実を
知れば知るほど、
どう受け止め、理解していけばよいのか、
益々、迷うことになる。
「今まで学校で教わってきた中で
無意識に、形づくっていた
私の中の日本観は
この映画を作り初めて
何度も
崩壊した。
もう、数え切れない。
もう、何を聞いても、驚かない。

過去の日本で起こった史実。
それは
多く残酷で
哀れで
非人道的ですら、あったりする。

私に、「過去」をとやかく言う権利は、ない。
私は、既に起きた事を否定しない。
過去にいなかった自分が
そんなことをする権利は、ないと思っている。
ただ、受け入れるだけだ。
どんな史実も、ただ受け入れる。

そこから、未来への
教訓が
見えてくる。

今日も、取材にこれて、よかった。
支えてくださってる、サポーターさんに
心から、感謝したいです。

自分がする事が、
どんどん明確になってきてる。
とにかく、やるのみ
ひたすら、地味に(笑)

さて、詳細のご報告、お待ちくださいませ
すこし、寝させてください --m
福岡以来、平均睡眠時間は、3時間で継続中なり

長崎 軍艦島

今日は、ずっと行きたかった、軍艦島に
撮影に行きます。
なぜ、この原発事故の収束がなされない、
タイミングで、長崎に行くことになったのか?
・・実は、私にも、いまいち分かっていないのであります(><)
でも、なんか直感で動かせていただいてます
(先日の福島報告、もう少しだけお待ちくださいませ)

では、行ってきます・・!

2011/04/08

被爆者団体「原発政策の転換を」


長崎に到着しました~
・・と、早速こんなニュースを発見。
以下の取材に来たわけではなかったのですが
どうせなら、フォロウしたかったなと・・。
でも、どっちみち、今日の一日雨の天候じゃ、
身動きは、とれなかったかもな・・。
(以下、NHKニュースより、転載)

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

被爆者団体「原発政策の転換を」
(04月08日NHK)
http://www.nhk.or.jp/lnews/nagasaki/5035144871.html

福島第一原子力発電所の事故を受けて、
長崎の被爆者団体は、新たな原発を作らず、
エネルギー政策を見直すよう求める要請書
を8日菅総理大臣あてに郵送しました。

長崎の5つの被爆者団体の代表らは、
8日長崎市役所で記者会見し、
福島第一原子力発電所の事故を受けて
菅総理大臣あてに要請書を
送ったことを明らかにしました。

この中で被爆者団体は、
「私たち被爆者は被爆体験にかんがみ、
原子力発電所に偏重するエネルギー政策
に反対してきましたが、日本の原発の安全性は
検証されることなく、原発推進がすべてに優先
されてきました」と指摘しました。

その上で「新たな原発はいりません。
古い原発は危険です。雇用と経済の活性化を展望した
エネルギー基本政策の変更を求めます」として、
国のエネルギー政策を見直すよう求めています。

また早急にとるべき対策としては
▼原発事故の拡大を防ぐための政府・民間が
一体となった機関を設置することや、
これ以上ヒバクシャを増やさないことと、
放射能の影響が出やすいとされる妊婦や
乳幼児についてはより安全な措置をとること
などを求めました。
会見した長崎県平和運動センター被爆者連絡協議会
の川野浩一議長は、「原発をすぐになくすこと
はできなくとも、自然エネルギーを取り入れながら
脱原発に進んでいくべきだ」と話しています。

福島・聞き取りレポート①

 昨日の夜は、大きな余震があったようで、
皆さま、
大丈夫でしたでしょうか(><)?

さて、4月3日〜5日に、
NGO心援隊「(プチ)赤ちゃん引っ越しプロジェクト
に、ケアスタッフとして、
同行させていただき、
福島県に行きました。
(心援隊の皆さま、本当にありがとうございました!)
●NGO 心援隊 http://ameblo.jp/shinentai/


皆さまからのご協力で、
福島で暮らす方々から、
今の状況等、
直にお話を お聞きしました。

以下、長くなりますが、
良かったら、ご一読下さいませ

☆☆☆☆☆☆☆

私が行かせていただいた、須賀川市は、震災後、
3週間を経て、各店もじょじょに、
開店し始めており、一見したところ、
「大きな被害!!!」という光景は
今回、目にすることは、なかった。
(同じ福島県でも、沿岸部は、津波の
被害等、報じられており、そちらとは
また被害の規模が、違うようです・・
沿岸部は、今回は、行けませんでした・・)


須賀川市。一見は、日常の生活が戻っているように見えます。

・・が、よく見ると、 家の外のブロック塀が、
のきなみ、全部、倒れていたり。
古い家(土蔵のようなものが多い)の壁が、
ところどころ崩れ、はがれていたり。
墓石が、落ちて散乱していたり・・。
よ~く目をこらして歩くと、
街の隅々に、「地震の爪あと」が。

お墓のある場所では、墓石が落ちて、横倒しに・・。
映像から写真取ったので、
見づらいですね、ごめんなさい(><)

 ●以下に、4月4日時点で、現地の方に聞いた
お話を、書かせていただきます●

中には古くなった情報もあるかもしれない旨、
ご了承の上、ご参考程度に
お目通しいただけたら幸いです)
(※聞き取り場所は、
福島県須賀川市

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

前田商店経営の、前田さん

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 前田さんは、「自分も、一応被災してるんですが・・」
とおっしゃりながら、
4月4日、
全国からの物資の集積所となっている
「銀河のほとり」に、大きな
トラックで乗りつけた。

トラックで乗りつけた、郡山市の前田さん。

前田さんは、
ゴミが出ず、
地域の「地産地消」にも貢献する
「調味料の計り売り販売」や、
リサイクル商品の販売等、
画期的で斬新なアイデアで
地元メディアからも、注目されてきた
前田商店の経営者だ。


今回、震災の影響を受けて
現在、店は、閉めておられる。
今は日々、地元の支援活動に、奔走されている。
(前田商店  http://maedashoten.com/index.html
※現在、一時休業中。 )

比較的、放射能の影響が強そうな地域の、
物資状況を
調査する意味合いも兼ね、
本日は、福島原発30Kmにほどなく近い
飯舘村に、1人で行ってみると言う。

常に行くべき地域を、
リサーチしておられるご様子に、
頭が下がった。
(※この後、車のトラブルにより、行き先は変更。
主に、川俣町に物資を運ばれた。)



以下、前田さんの最近の活動から、
避難所の近況等、聞いた。

☆震災以後の皆さまの生活で、
あまりうまくいってない部分が
もしあれば、教えていただけますか?

→→
★前田さん:
今のところ、行政に市民の声が届く仕組みがない。
その為、市民・NPO団体・行政の
連携がならず、もったいない事態に。
前田さん自体は、市民から聞いた声を、
行政に届けに行ったりされている。

★原発から、20km30kmの地域からは、
一時的でも、待避した方がいいと、
個人的には思っているが、
ご親族がまだ帰ってこない方々は、
「娘っ子がまだ帰らない」等おっしゃり、
避難勧告地域に、残り続けているケースがある。
 前田さん自身は、
何か「捜索活動の、お手伝いができないだろうか?」と、
考えている、と。

☆物資に関する現状は、
以前に比べ入り出し、足りない物があっても、
隣の市まで行けば、手に入れられる
ような状況となりつつある。
なので、これからの支援の形として、
物よりはお金の寄付の方が、
スピーディーに動ける一助になるかも。
物資は、運ぶのにトラックの調達が必要だし、
義援金は使い途が限られている。

個人的に嬉しかったのは、
「見舞い金」をいただいた事だった。
自分はこれで、ボランティア達が使う物を買ったり、
休憩してもらうのに使ってもらったり、
ガソリン代にしたり、
車を借りたりした。

これから長期戦の支援が始まる中、
金銭的支援(寄付)は
有効に活用できる手段になると思う。」
明るく手を振って出発される前田さん。
前田さんは、お話の後、
届いた支援物資を
山盛りに積み上げ、
1人で、果敢に、各避難所目指して、
走り去って行かれました。
本当に、頭が、下がりました。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

●森農園の、森さんご一家●

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

「食べられるような、土づくり」
を実践し無農薬・有機農業を
行ってこられた、森農園
のご一家に、お話を聞いた。

森農園の野菜。
ご夫妻は、今まで1つ1つ、自らの手で、
安心と安全を示す、
上記のシールを貼って、出荷してきた。
                    
 原発事故の後の、記者会見。
「福島の農作物に、出荷停止」が
一斉にかかった。

森農園の奥さんの、まさこさんは、
その時の状況を、
「すごく落ち込んだ。
みんなで、ふさぎこんでいたんです。」とおっしゃる。


「表土に落ちている、放射能の処理の仕方が
まだ決まらないから、
土を掘り起こす等、農作業は、するな。」
との通達が出た。

「(農作物を)食べるな。」
「(水は)飲むな。」
「働くな。」
「外に出るな。」と言われた。



「息するな、とはさすがに
言われなかったけど・・。」
と苦笑される、森 文男さん

それから大体一週間くらい後に、
全部の調査があり、ハウス野菜は、
基準値以下が確認され、
出荷OKとなった。

・・が、そういった、詳細な対応が
為される前に、
政府によって
「福島県全域の、農作物すべて
の出荷停止」が
全国的に通達された。


その影響は凄まじいものがあった。
マスコミによる、一勢報道は
加熱し、
当初、まだ、
原発事故への不安から立ち直る間も、
なかった時期に、
現地農家にとっては、
2重・3重の打撃と
苦しみを、生んだ。

突然に襲った、人生の、死活問題。
一瞬にして、先がまったく
見えなくなってしまったのだ・・。


森一家は、家族会議を開いた。
そして、ハウスのホウレン草を、
みんなで「もうダメだから・・」と
刈った。

あっという間に、福島からは、
野菜が消えていった。
すぐに茨城・千葉でも、
放射性物質が検出された、との
報道が始まり、
入ってくる野菜も、影を潜めた。

・・が、そんな中、
「食べる野菜が、ない。
ぜひ、森さんの野菜を・・」と
以前からの、
森さんの、安全な農業を
支持してくれていた、
地元の方を中心に
野菜を、買おうとする人が、
森農園を、訪れ始めた。


ほどなく、
国による、詳細な検査がようやく行われ、
改めて、「ハウス栽培の野菜の安全性」が
確認された。
「基準値以下」が確認され、出荷できるようになった
ハウス栽培のニラ。
この日、ナマでいただき、その甘さと風味に
前田は、驚いた。こんなに美味しい
ニラを食べたのは、ホント初めてでした。
その後、森農園には、
さまざまなご縁から
じょじょに、全国からの
支援者が
「応援したい。できる事はないですか」
と訪れ始めた。
「生で食べて、本当に美味しい!」と
と驚きの声があがる。


「風評被害」という
根付いてしまったイメージに、
今後も苦戦が、予測される中、
そんな、思いがけない出会いと
こんな中でも、信頼してくれて
入ってくる注文に、
ご夫妻は、
「本当に嬉しく、有難い。」と笑顔を見せる。


「あぁ、
今まで、お父さんが 
やってきた安心農業は、
本当にすごい事を
やって来てたんだ・・!って、
あらためて、つみ重ねてきた事の
大きさに、気付かされたの・・。」

まさこさんが、感慨深げに、話してくれる。
奥さまの、森まさこさん。
「これからも、
安心の野菜づくりを、続けていきます。」と森さん一家。


ご自慢のニラの袋づめの手を休めて。
左端の息子さんが
持ってらっしゃるのは、お米。

息子さんからは、以下のコメントをいただいた。

「今、もしかしたら、福島には
どこの県よりも、頑張っている人が、
いっぱい いるかもしれない。
僕は、福島のヒトが、がんばってるんだって
ことを、細かく、伝えていきたいんです。

農業・工業含めて、震災に合う以上の
福島になることが、この震災に
ご支援くださった方々への、最大の
恩返しだと、思ってます。」

息子さんは、農家さんでもあり
音楽活動も、されてるとか。

「この震災に、ご支援下さった全ての皆さんに、
心から、ありがとうございます、と伝えたいです。

そして、お願いです。
是非、これからも、
正確な情報をつかんでいただき、
正確な判断をしていただけるように、
お願いします。
福島は、若い世代も含めて、
精一杯、がんばっていきます・・!」と
力強い笑顔を見せてくださった。


この後、しっかりとした造り
のビニールハウスに連れて行ってくれた。
入り口の何重にもなっているビニールの仕切りを
めくれば、1面青々と、旬のニラが植わっていた。

我が子を紹介する時のように、
愛しさで目を細めた、
お父さんの表情。
忘れられない。

一言メッセージをお願いすると
自身の事より、原発の作業員への
応援の言葉だった。

「今、原発の処理で頑張ってくれている人達のお陰で、
これからの福島がある。
みんなで応援しよう!!」と。

●森農園では、通信販売も行っておられます。
詳細・お問い合わせは以下まで
お願いします
森農園FAX 0248-78-2386
HP  http://plaza.rakuten.co.jp/ebisumai/
●●●●●
※最後に、前田の雑感です※

3.11以降、
私たちの生活は、
新たな価値基準で食品を見ることが
求められ始めました

何も私ごときが言わずとも、
皆さま、ご自身で
大切な判断を、日々されていることと
思われます(^^)

前田は、
今回の福島訪問で、
たくさんの、福島産の
食べ物をいただきました。
現地の方と触れ合いながら
生産者さんのお顔を見ながら・・。
本当にどれも美味しくて、しあわせでした。
(福島の自然は、懐深く美しい場所、と
実感させられました)

上記の森農園のご一家と接し、
皆さんの農業への愛情に触れ、
「農業」とは?
「いのち」とは?
と多く考えさせられています。
そんな森さん一家との出逢いを
活かしていけるよう、
前田は、今勉強しよう!と燃えております(^^)

すぐに学びを深めたいのが、
今後の、妊婦さんや
赤ちゃん・子どもたちの食べるもの、について
自分なりの考え方・基準を追及して参ります。
(放射能の影響の受け方は
赤ちゃんは、成人の100倍
胎児は、1000倍の影響を
うけると、いわれています)

今はまだ大震災・原発事故
からようやく1ケ月が、過ぎたばかり。

ご存じのように、
政府のいう事も次々と変わるし
専門家の意見も、人によって本当に、千差万別。
友人たちが言うことも、違います(^^);

こんなにも急速に、
「放射能と共存してゆく日本」を
迫られる事になろうとは・・。
誰が予想し得たのか・・この
1ケ月の、多くの戸惑いと、
大震災の大きな爪あと・・。

今後、上記の森さん(息子さん)
がおっしゃって下さったように

ひとりひとりが、

「正しい情報をつかみ、
正しい判断」をしていくことが
個々の幸せにつながってゆくのだと
と思います。

何をたいせつにし、
何を目指して、生きるのか・・。
ともに学びあって、進んでいけたら、幸せです♪

福島の皆さんに学んだのは
本当に今、助け合って労わりあって
おられる、ということでした。

「逆境に負けない」といわんばかりの
今後を語る、力強い目の光。
このエネルギー源は、
「信頼し合える、地域の横のつながり」の存在だと
感じました。
周りのみんなを信じてるから、
恐くないんですね(^^)
本当に学ばせていただきました。

どうぞ、皆さま、この取材記事に、すこしでも
感じるところがありましたら
「食」とご自身が、
この社会のなかで、どのように関わって
いかれるのか、
今一度ふりかえり、考え、行動する
きっかけにしていただければ
幸いです。


最後に、これ、今回は余談とさせていただきますが
前田個人は、
電力会社と政府は、もっと、被害を受けた
農家さん1戸1戸への、生活保障を
具体的に、しっかりと行う必要がある、と
考えています。 --m

この結論は、
今まで、私が、僅かながらも
電力会社や、原子力についての
取材や、学んだことから、きた判断であり、
今回は、詳しくは書かないですが・・。
まぁここで、発言してるよりは、
何か行動できないか、考えて参ります・・!
森さんご一家に、たくさんの感謝をこめて
ありがとうございます。   --m (前田)



☆☆☆☆☆☆☆


●比内地鶏(比内じどり)料理の店
<比内や>経営の武田さん


福島復興の鍵は、地産地消

武田さんは、郡山市に2店舗、
比内地鶏(ひないじどり)の
お料理を出す店を、構える。

比内や 経営者の武田さん。
「食は、一番大事なもの」が信条。

この店は、添加物を使っていない、味噌や
醤油、安心安全な米や
野菜を使った食べ物を、提供する。

先日、震災・原発事故後、
初めて店を開けたが、お客さんは
4名だけだった。

それでも、福島の復興を信じ、営業は続ける。
売り上げの5%は、義援金に宛てる、
と決めている。
(「どんなに、赤字でもね!」
「だから、いっぱいお客さんに
来てほしいんだ」と、武田さん)

お弁当販売も行い、1個から配達もする。
価格は、普段の設定よりも
「応援価格」を銘打っている。

「配達相談 可。お困りの方、お声かけください。」とある。
高齢者を意識して、1個から
配達できるよう、配慮している。
(4月4日現在のちらし)



武田さんは言う。
「今(の時代)、非常に
<食>が、軽々しく扱われている。

県内でも、
「他から買えばいいんじゃない?」
みたいな。(空気がある。)

でも、福島の人が福島の物を食べていく事が大切。
その為には、きちんと検査して、
(安全が分かったものは、)
どんどん、出していくことが、大切。

すでに、自殺者が出てしまったからね・・。

※ 注: 3月末、福島の野菜が、一斉に
日本政府によって、出荷停止の支持が出た際
有機農業の方が自殺された。 

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

http://www.asahi.com/national/update/0328/TKY201103280468.html
福島の野菜農家が自殺 摂取制限指示に「もうだめだ」
(2011年3月29日朝日新聞)

 福島県須賀川市で24日朝、野菜農家の男性(64)が自
宅の敷地内で首をつり、自ら命を絶った。
福島第一原発の事故の影響で、政府が
一部の福島県産野菜について「摂取制限」
の指示を出した翌日だった。
震災の被害に落胆しながらも、育てたキャベツの出荷
に意欲をみせていたという男性。
遺族は「原発に殺された」と悔しさを募らせる。

 自宅は地震で母屋や納屋が壊れた。
ただ、畑の約7500株のキャベツは無事で、
試食も済ませ、収穫直前だった。
遺族によると、男性は21日にホウレンソウなどの
出荷停止措置がとられた後も
「様子をみてキャベツは少しずつでも出荷しないと」と話し、
納屋の修理などに取り組んでいた。

 23日にキャベツの摂取制限指示が出ると、
男性はむせるようなしぐさを繰り返した。
「福島の野菜はもうだめだ」。
男性の次男(35)は、男性のそんなつぶやきを覚えている。
「今まで精魂込めて積み上げてきたもの
を失ったような気持ちになったのだろう」

 男性は30年以上前から有機栽培にこだわり、
自作の腐葉土などで土壌改良を重ねてきた。
キャベツは10年近くかけて種のまき方などを工夫し、
この地域では育てられなかった
高品質の種類の生産にも成功。
農協でも人気が高く、地元の小学校の給食に使う
キャベツも一手に引き受けていた。
「子どもたちが食べるものなのだから、
気をつけて作らないと」。そう言って、
安全な野菜づくりを誇りにしていたという。
 遺書はなかったが、作業日誌は23日までつけてあった。
長女(41)は「こんな状態がいつまで続くのか。
これからどうなるのか。農家はみんな不安に思っている。
もう父のような犠牲者を出さないでほしい」と訴える。
(西堀岳路)
(以上、転載おわり)
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

笑顔を絶やさずに、応対してくださる
武田さんに、私は、思わず、こう 聞いてしまった。

「津波や地震だけでなく
今回起こった原発事故に関しては
私には、明らかに人災に見えます。

皆さんは、理不尽にも
いきなり、その被害を一手に
受けられたわけですが、なぜ、
そんなに力強く、
明るく前向きになれるのでしょうか?
その、エネルギーの源は、どこに
あるのでしょうか?」と。

というのも、正直、私には、疑問だったのだ。

もし、私が皆さんと同じ立場だったなら・・

突然、つみあげて来た生活が
一瞬にして奪われ、
もう元には戻れない。
(今後、原発の汚染状況が
いつ、収束するかも、誰も
分からない。そんな先の見えない、状況なのだ・・)

自分だったら、
憤りも露わな精神状況に、陥るのではないか・・?
そう、感じてしまったからだ。

武田さんはきっぱりと言った。

「正直、自分でも、分からない。
何でこんなに、がんばれるんだろう?って
自分でも、思うことがある。

・・でも、ただ、人の役に、立ちたいんだ。
多分、それだけなんだと 思う。 
自分では、そう 理解してる。」

そして、
「これから、新しい時代が出発するんだ。
そう考えれば、前向きにも なれる。」 と。



「ぜひ食べに来て下さい。じゃ!」と
足早に車に戻って行かれる、
お忙しそうな横顔に、
しっかりと地に足をつけ、
未来を切り開かんする、
経営者の、意志の強さを、見た。

ほんの少ししか、お話できなかったのですが、
誠実そうなお人柄に、
前田、心より応援させていただきたい
気持ちでいっぱいになった。


★比内地鶏の店

比内や本店(郡山駅前)
http://hinaiya-sasuke.jp/index.html
郡山市中町7-19
いわた園ビル別棟
TEL:024-935-8048

比内やキッチン(串焼きと親子丼)
http://hinaiya-sasuke.jp/asaka/index.html
郡山市安積町荒井字六角田11番地
TEL:024-954-7974

☆☆☆☆☆☆☆
福島聞き取りレポート②に続きます

2011/04/07

「赤ちゃん引越しプロジェクト」ご報告

先日、4月3日から5日にかけて、
NGO 心援隊の
「(プチ)赤ちゃん引越しプロジェクト」に同行させていただき
福島県に行かせていただきました。
                         
原発事故の影響から、
一時避難を希望する、お母さんとお子さんを
バスでお迎えに行く、プロジェクトです♪
たこ焼き食べ放題のオプション 付き(笑)^^
現地では、水が足りないという事で、
ご寄付いただいた物を、運びます♪
       
  以下、心援隊の皆さんによって、
活動のご報告が、アップされています♪

よろしければ、ご覧くださいませ♪

記事をお読みになり、ご賛同された方がいましたら、
どうぞ、ご支援のほど、お願いいたします♪

前田も、「子どもたちの安心・安全を応援する」
心援隊の活動を、今後とも、心より、応援させていただきます。

☆NGO 心援隊
http://ameblo.jp/shinentai/page-1.html#main

☆主催の、まーちゃんのブログ

●まーちゃん通信  ♪福島県の現状報告byまさお君編♪ 
http://ameblo.jp/upo-nokiseki/entry-10852701242.html



福島県・須賀川市の中継地点から、
各避難所に、ご寄付の物資を運ぶ、
ボランティアの皆さん

おはようございます

先日、福島から帰途に着く、帰り道より。夕陽がきれいでした。
ただいま、天気予報と、にらめっこ中♪
取材に出るか、少し遅らせるか、様子見を
しているところです

福島で撮らせていただいた映像を、見返して
まとめる作業も、まだ途中ながら
がんばっています
(昨日は、さすがに睡眠不足がたたってきた~T T)

福島の地で、長年、有機農法で
美味しいお野菜を創ってこられた方・
建築会社の方のお話、(放射能の影響が
言われている中、大工さん達は、今日もがんばって、
人々のために、野外で働き続けておられます)等
撮らせていただいた映像を見ては、
福島の方々とともに、幸せな未来を築くために、
私たちには、どんな事ができるのか?
考えさせられています。

今回の原発事故は、日本の55基稼動していると
言われてきた、原発のうち、どこで起こっても
不思議ではなかった。
今回、たまたま、福島で起きてしまっただけだ、と
そう考えると、本当に福島だけの
モンダイではないのだ、とつくづく思います。

福島の方々が、今手をとりあって、笑顔で日々
がんばってらっしゃる姿に、深く頭を垂れる、
前田であります

では、福島でのご報告、もうしばし、お時間くださいませ

2011/04/06

帰りました and 出発準備

昨日の夜22時頃、ようやく帰宅しました。
つくづく、福島で出逢って下さった皆さま、
同行させていただいた、NGO心援隊の皆さまに
感謝でいっぱいです

そして、見聞きした事を活かし、今後
私たちにできる事を、編み出す作業を行っていきます!

・・そして、明日の早朝からは、取材に出かける予定です
多分、九州方面になると思います

(一旦、東北の震災からは離れて
過去の戦争に関する、取材に向かいます。
東北の復興のお手伝いと併せ、
映画「魔法の9」取材を、同時進行
して参ります
上記の、「震災」と「過去の戦争」は、
一見、全く別の事柄に見えるかと思います。

・・が、前田の中では、繋がっております
今後、両者を追いながら、未来への問題提起を
起こして参りたいと思います

私たちの次を担ってくれる、
たいせつな、子どもたち・いのちの為にも

※福島報告、まとめるまで、少々お待ち下さいませ(><)

いつも、本当にありがとうございます♪
今朝も、早朝ハイクに行き、
香川の木々たちに癒されました。
本当に いつも ありがとう
いつも自然からは、恩恵をいただきっぱなしです


2011/04/05

大阪着

ぶじ大阪に帰り着きました

今回、同行させていただいた、
大阪のNGO心援隊の皆さんと今回の福島訪問の
振り返りを終え、今から神戸への帰路に着きます

帰ったら、いろいろご報告させていただきたいと思います

ひとつだけ書かせていただくなら、
現地の方や、現地に長く住んでいる方で、
「自分の被災は軽かったから」と、県内の避難所を転々と回り、
支援されてきた方の話から
「物資に関しては、以前に比べかなり入るようになってきた。
震災の被害の影響は受けながらも、
大型スーパー等の営業もようやく始まり、
生活の再建がじょじょに、始まった。
なので、「物資支援」の段階の次の段階、
災害を超えていく為の、次の新たな支援がより、必要」
との事。
(もちろん、これは場所によっては
差があるので、「物資が必要!」とヘルプを出している地域が
もしあれば、
ご支援お願い致しますm(_ _)m

今後は心や体のケアだったり、
金銭的な事、
又、原発事故による風評被害・
20km30km圏内に住む方々の
生活再建、
放射能にどのように対処するか?(特に影響を受けやすいと言われる子供の生活に関して)

等々、たくさんの事がある。

更に私たちに何が出来るか、
じっくり考えてさせていただきます


今心より、「今のタイミングで行けて良かった!」と思っています
代表のまーちゃん始め同行させていただいた
スタッフのみなさま、本当に良い機会を下さり
ありがとうございました・・!

ではまた
取り急ぎにて失礼します♪

帰路についてます

おはようございます
朝焼けの車中より、前田です

昨日は終日バタバタで日記もアップできず、
大変申し訳ありません(T_T)

今は、福島県より帰路につく、
バスの中です

又帰宅後、ご報告させていただきます

よろしくお願い致します

前田

2011/04/04

福島県入りしました

今、福島県の須賀川市に入りました

こちらは一見すると、特に大きな地震・津波による損壊は
目立ちませんが、これからいろいろと
現地で見聞きした事を
ご報告させていただけたら、と思います

ではまた!

福島に向かってます

ただいま、海老名に到着しました。
今は、バス1台とハイエース1台で
福島に向けて進んでいます

ドライバーさん、おつかれ様です・・!

2011/04/03

福島へ

皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
前田です(^-^)
昨日はバタバタで更新できずに申し訳ありません(>_<)


急きょ、今日福島に向かう事になりました

今は、大阪に向かう高速バスの中で
これを書いています!
今回は、大阪の心援隊の皆さんが今行っている、
「赤ちゃん引っ越しプロジェクト」のお手伝い、
(一応ケアスタッフの一員)として、同行させていただく事になりました。

この「赤ちゃん引っ越しプロジェクト」とは
最も放射能の影響を受けるといわれる、赤ちゃんと
そのご家族を、
こちらからお迎えに行き
大阪の受け入れ先までお送りする、
一時避難のお手伝いをさせていただく、プロジェクトです


細胞分裂の多い、赤ちゃんや子供は、
大人に比べて、放射能の影響をもろに受けると言われています(そのダメージの受け方は、大人の100倍だという、データもあります)(>_<)


現在、福島にいるお母さんは、本当に心配で心細い思いをされている方が多い事と思います(T_T)

前田も、チェルノブイリの原発事故の
数年後に、子供たちが沢山病気になり、
命を落としたという、手記を今まで
何冊も読んでいたので、
本当に、今、大事を見て、避難する事は
大切なのでは?と思います。
(「チェルノブイリでの事故は、
日本とは種類が違うから、大丈夫」という方もいらっしゃいますが、前田は、命に関わることなので、後から後悔するよりは、
「念には念を・・」という考え方を、優先したいと思うのです。

何より、子供に自分の健康を守る判断力はありませんし、
放射能は目に見えないから
例え被害を受けていても、私たち大人にも、気付けない。

放射能は遺伝子を傷つけるものだという事を考えても、
今、少しでもいいから、安全な空気の場所に
一時避難する方が安心だと思うのです

そうは言っても、さまざまな理由から
避難したくても、避難できない方もいらっしゃるはずで
そんな親ごさんの心中を察すると心苦しくもありますが(>_<);
今回は、「関西の受け入れ先に一時避難を
希望された
お母さんとお子さん達をみんなで迎えに行きます!

又、ご報告します・・!

2011/04/01

いわきローラー作戦

以下のメールを、友人より受けとりました。
いわき市の情報等、とても大切なことを書いてくださっています
よろしければ、どうぞ、ご覧くださいませ
これを発信している、たけちゃんとは
64年目の、8月6日原爆投下の日に、
初めて広島でお会いしました
たけちゃんの活動と、いわき市はじめ、被災された
皆さまを心より、応援しております
☆☆☆☆★☆☆☆☆☆★☆☆☆☆☆★☆☆☆☆☆★☆☆☆☆☆★☆
(以下、転載です)
━━━━━━━━━━ Muzinzo vol.59 ━━━━━━━━━━
      いわきローラー隊  ◆吉澤武彦◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
一昨日深夜大阪に帰ってきました。

27日に出発し、28日にいわき市に入り、29日に石巻に行き、
30日に再度いわき市に入りました。

先日の案内で色々と応援のメッセージや基金へのご協力を
いただきありがとうございました。

今回の動きを報告させていただきます。

****    ****    ****    ****

「炊き出しから避難所に明るい台所を作ろう!」
 
と発想し、『みんなの台所プロジェクト』と命名し、
深尾さんと食材と炊き出しセットを
軽四に積んで和歌山を出発し、朝の8時にいわき市の
支援物資の受入れ先のある平競輪所に着きました。

そこででボランティアに参加していた友人のヨシさんと合流し、
ボランティアセンターの方のお話を伺った後、現地でいわき市
の避難所の支援を熱心にされている
NPOザ・ピープルの吉田さん、古川さんと落ち合い、
小名浜第一中学に行きました。
明るく元気なお母さんの「吉田さん」と
お酒とお話好きのおっちゃんの「古川さん」は
赤ちゃんプロジェクトの時から、現地で色々と
サポートしていただき、今回の炊き出しのコーディネート
を行っていただく等大変お世話になりました。


ザ・ピープル
http://www.iwaki-j.com/people/
 
「こんにちはー!」

と学校に入ると前回訪れた避難所と同じように

皆さん元気のない様子でした。

避難所の責任者の方に長机2台とマイクだけお借りして、

「あのー、カレーうどんを作りに来ました。

ただ、僕はカレーうどんを一回しか作ったことなくて
自信がないのでもしよかったら、手伝って
いただけませんか?」

と訳のわからない挨拶をして、食材を長机の上で広げ始めました。

以前群馬で開催した「100時間ぶっ通しフットサルマラソン」の時、
夜食でカレーうどんを作ってくださった方がいて

その方のお手伝いをしていたため、私にとって
炊き出しはそのカレーうどんしか経験がなく、
メニューは「カレーうどん」しか僕には思いつかなかったのでした。

100時間フットサルマラソン
http://npo-oizumi.org/guinness/jap/index.php

避難所である体育館では、最初は少し「?」な感じ

が漂ったのですが、やっているうちにおばさんが何人か
こちらに来てくださって、

「じゃあ、私調理室で野菜切ってくるわ。包丁ある?」

とか言って野菜を全て引き受けてくださいました。

そのうち中学生や小学生くらいの女の子や、

やんちゃそうな腕に刺青の入った
あんちゃんが来て、
「何か手伝える事ありますか?」
と言ってくれて、うどんの玉を半分に

調理バサミでカットする等
セッティングを始めてくれました。



あっという間に僕の仕事がなくなってしまい、

おばさん達を中心に瞬く間に食材を調理していき、
想定していたカレーうどんの他に
オリジナル醤油ダシのうどんまで出来上がりました。

避難所の皆さんは毎日配給される

冷たいおにぎりかパンしか食べていないらしく、
避難所の体育館から調理室に移動している時、
一人のおじさんが話しかけてくださって

「バカなくらい、嬉しいわぁ!あったけぇもんが食べられるなんて、
今までで一番嬉しい!」

と最高の笑顔で言ってくださり、僕は胸が熱くなりました。

みんなで作ったうどんをみんな何度もお代わりをして
「おいしい!」「体があったまるわぁ」と言って食べてくださいました。



調理器具、調味料、コンロ等を置いていく

ということについてもとても喜んでくださいました。

避難所に入った時の雰囲気とはぜんぜん違った

明るさと会話がそこにあり、
「自分の役割(仕事)を見つけて動き始める事から個人と
コミュニティは輝き始める」という事を心から感じました。
僕はその輝きを陰ながらサポートする事を

全力でやろうとその光景を見ながら誓いました。


これ以上ない位の幸せをいただき、

中学校を後にし、次の炊き出し場所の
江名中に行きました。

そこでは、ちょうど前の日から炊き出しを始めたようで、

調理用具等もう少し欲しいと思っていたらしく、
今回食材と更に炊き出しセットを
お持ちしたのをとても喜んでくださいました。

ここでも、おばさん達が「出番がきた!」

とばかりの勢いでドンドン食材を調理して行き、
その場に居合わした僕らの出番はすぐになくなりました。


僕らはその活き活きとした姿を見届けて、

そのまま静かに次の場所に行きました。


次に訪れた避難所は、狭いスペースに

高齢者の方がひしめき合いながら、いらっしゃる場所でした。
そこでは、炊き出し等はできるようなスペース
もなく、そもそも求めていらっしゃるような様子

ではありませんでした。

最後に訪れたのは、前回訪れた小名浜第一中学でした。

そこでは、つい最近近所のお寺さんが
炊き出し用の道具を提供してもらったようで、
わたし達が伺ったときには既に
炊き出しの準備を始めていました。


次の日の炊き出しに使っていただくために

食材のみをお渡しし、炊き出しセットは
いわき市で走り回っているキンゾウに必要な
避難所に渡していただくように託しました。

食材と一緒に炊き出しセットを置いていく

「みんなの台所プロジェクト」は、必要なところでは
本当に大きな喜びや明るさを得る事ができる
ことが分かりました。そして、避難所によっては

既に炊き出しを始めているところ、
必要としていないところも現状としてあるという事も
分かりました。
現地の避難所の状況を確認しながら

展開が必要だなと思っていたら
NPOザ・ピープルさんで【避難所母さんたちの元気プロジェクト】
というプロジェクトで独自で取り組まれるという

連絡がありました。
既に新たに3箇所のでの避難所で実施に向けて

今動いているようです。
やったー!
 
****    ****    ****    ****
 
その後、新潟の親友ヒゲ職人や
大島よっしーが宮城で最も大きな被害を受けた場所の一つ
「石巻」に向かうという事で、新潟チームとも打ち合わせ
を行いたかったので、彼らと合流し石巻へ向かいました。
その間、高校を卒業したばかりの

ゆうやも会津若松で合流しました。

石巻での私の目的は、

もちろん自分の体を使って役立ちたいという
事もありましたが様々なNGOが既に入り、

様々な活動をしている事は聞いていたので、
それらの動きに触れ、他の地域に転用する事に
主眼を置いていました。

石巻のボランティアセンターのある専修大学に着くと、

今まで様々な活動を通して出会ってきた友人たちが
たくさん来ていました。
ここには「動く人」が本当に集まっているんだなぁと

心から感じました。

色んな団体の方々に話を伺い、大きく分けて、

「炊き出し」、「清掃」、
「情報収集」、「物資提供」の

4つの取り組みがされている事が分かりました。

今回私は清掃と情報収集の2つを

ここでしっかり経験しようと思い、
とりあえずボランティア保険に加入し、

ボランティア受付で仕事を待ちました。

しかし受付のあと、30分位なんの音沙汰もなく待ちぼうけで、
「なんだろな~、これ」って思っているところにカヌーを積んだ
ミニバンが少し前を通り過ぎました。

震災翌日から現地入りして活動している

四万十塾のトールさんに違いないと思い、
追いかけて話しかけました。

四万十塾
http://www.40010.net/

バウさんや友人たちから色々と話を聞いていた

トールさんと初めてお会いした嬉しさでいっぱいで
色々とお話したかったのですが、
その気持ちをぐっと抑えて

「泥出しをやりたいのですが、どの辺りに行けば

その仕事が見つかりますか?」
と聞き、湊中学を教えてもらい、ナビで向かいました。



湊中学についた僕らは、

泥だらけになった教室をスコップで泥を出して
いきました。泥の中には魚が混ざっており、

TVや新聞のニュースでは決して感じる事のできない
生臭い現場の匂いに包まれながら、作業を続けました。
泥だしは結構大変な作業で

その中学校の卒業生の学生たちと一緒に
2時間位かけて一つの教室の泥出しを行いました。



泥だしを終えて一息ついている所に、またトールさんがふらっと
現れたので、

「今度はローラー作戦(情報収集)をやらせてください!」
とお願いし、担当者の井上あゆみさん(男)を紹介してもらい、
参加しました。



ローラー作戦は、ほんとにすばらしい活動でした。


ローラー作戦は、まず、調査対象の地域
の道行く人に話しかけ周辺の状況を確認します。
不足している物資を提供しながら、
その地域の人と会話を続け、

その地域のキーマンとその地域の人が集まりやすい場所
「キーステーション」を探していきます。
そしてそのキーステーションに定期的に物資を届け、

キーマンを中心にその地域の人に物資を
すみずみまで届けていったり、更に
炊き出しを行っていただくという取り組みです。



つまりこのローラー作戦で行われている事は
「情報収集」と「物資の行き届いた提供」と

地域のコミュニティの再生」なのです。

これを地図上の端から順番に地道に一区画ずつ、

ローラー展開していくのです。
 
この部隊に加わり、感銘を受けながら
物資を配っているところ、
別の部隊から「泥だらけになった畳を運べずに

困っている方がいる」という電話が同じ部隊で
神戸出身のショウゴ君の携帯にありました。

それから僕とゆうやはショウゴ君と一緒に

「畳を外に出す作業」を行いました。
水と泥を吸った畳がこんなに重いとは思いませんでした。

12枚を3人で泥だらけになりながら運んだ後、

倒れてしまいそうになるほど
フラフラになりました。

家に畳をひいているどの家庭にもこの作業が必要で、

この大変な作業はお年寄りには絶対に無理だなぁ。
と骨身に染みて思いました。

夕方、地域が一望できる高台で、ローラー部隊は集まり、

情報の共有を行い
その情報に基いて翌日の行動計画を立てました。

着実に地域を再生していくこの動きは

全国の被災地に本当に必要な動き
だと心から思いました。
 
****    ****    ****    ****
 
僕ら一行は、その会議の後そのまま福島県に戻りました。

会津若松の僕らの拠点「くまんち」で

またまたお世話になり、翌朝再度
「いわき市」に入り、キンゾウに石巻で行われている事、

特にローラー作戦について説明しました。

キンゾウは、先日の赤ちゃんプロジェクトで

物資を届けた「うつくしまNPOネットワーク」で、
あの時の縁でスタッフをしており、話をした時、
ちょうど車に物資を積めていた状態だったので、

「よしこのままローラー作戦をやろう!」ということになりました。

うつくしまNPOセンターの鈴木さんから

いわき市の現状の説明を聞き、
いわき市の詳細地図をいただき、

最初にローラーすると決めた「久ノ浜」に
いきました。

「久ノ浜」とは原発から30km圏内にある避難地域です。

いわき市内の避難所には、たいてい
「久ノ浜」から避難された方がいらっしゃいます。

「久ノ浜」に着き、人を見かけると

キンゾウはさっそく声をかけていきました。

その人達は避難命令がおり、

親戚の家や避難所などに避難されたのですが
久ノ浜の家々はことごとく盗難に遭い、

家に戻って家を守らざるを得ない
ような状況の人達でした。

当然物資の供給もなく、その状況を聞きながら

キンゾウは車に積んでいた
物資を渡していきました。

その場に集まった6,7人の人達は
「わたし達は見捨てられたと思っていた。

本当にありがたい」
と言って本当に喜んでいただきました。
そして、その喜びの笑顔を見ているキンゾウは

それ以上に嬉しそうでした。

そうしているうちに、その中の一人が

町内会長さんであり、今後その方と連絡
を取り合いながら定期的に物資をお渡しすることになり、
また炊き出しも行う事にもなりました。

こんな感じでキンゾウの「いわきローラー隊」が始まりました。

先ほどキンゾウに連絡したら、

うつくしま福島NPOネットワークの
人達もキンゾウの動きに賛同して、

今日は3部隊でローラーが行われたようです。

ローラー隊は人手がいります。
いわきローラー隊に関心のある方は

キンゾウに連絡とってみてください。

キンゾウ連絡先
seiji-kanari@hotmail.com
※電話番号が必要な方は僕宛に一度ご連絡ください。

ニュースで何度も耳にする「いわき市」。
このいわき市の中で、今、この瞬間にも、
吉田さんや古川さん、そしてキンゾウが
輝きながら動いている姿が目に浮かびます。
さて、動いている間にまた色々とプロジェクトが動き出しました。
また報告しますね。

────────────────────────────
 編集後記
────────────────────────────
「心援隊」による赤ちゃん引越しプロジェクト第2便は無事
2家族を大阪に迎える事ができたようです。
ご声援ありがとうございました。

http://ameblo.jp/upo-nokiseki/entry-10845260297.html
 
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