2012/01/29

岡山にいます(^^)
今日は、ある会で、アフガンのお話を
させていただきます・・!

2012/01/28

「原発はCO2ゼロ」のうそ。

 

本当に、原発はCO2ゼロ?下記に、それが間違いである事が証明されています

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

原発 温室ガス 「ゼロ」じゃない  ・ 年82万トン 運輸・郵便部門に迫る

(2009年4月30日 しんぶん赤旗 )

原発 温室ガス
日本の原子力発電所や
核燃料製造施設などから、
中規模火力発電所一カ所分並みの
年間約八十二万トンの温室効果ガス(CO2とフロン)
が出ていることが、経済産業省と環境省の
「温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度」
(二〇〇六、〇七年度)の集計データから分かりました。

このデータは本紙が情報公開を請求して入手したもの。
原子力関係の排出実態がわかったのは初めてです。
(宇野龍彦)




 政府・財界は「原発は世界に貢献。
CO2ゼロ」などと宣伝し、「低炭素社会の切り札」
と位置づけ増設しようとしていますが、
それが、事実に反することが明らかになりました。

 原子力関係の施設は、
核燃料製造や使用済み核燃料の処理、
保守点検・放射性物質管理などで
大量の電力消費をともないます。

 原発でもっとも多かったのは
石川県の志賀原子力発電所で
約十万九千トン。公開資料に北海道電力、
関西電力の各原発と
東京電力福島第2原発の排出データはありません。

これらを除く商業用原発の排出量
の合計は約二十八万トンでした。

 このほか福井県敦賀市の高速増殖炉「もんじゅ」
が約四万トン。
運転停止中にもかかわらず、
原子炉冷却用のナトリウムを固まらないように加熱
するため、大量の電気使用にともなう
CO2の排出源となってきました。

 核燃料製造施設では日本原燃、
三菱原子燃料など四社あわせて約二十四万トン。

もっとも多かったのは青森県六ケ所村にある
日本原燃の核燃料製造施設(ウラン濃縮、
使用済み核燃料再処理)。
関連施設の運転にともない、
約二十二万トン(〇七年度)を排出していました。

 茨城県や福井県などにある
日本原子力研究開発機構の全施設
で約三十万トン排出していました。
 原発や核燃料製造施設などの温室効果ガス
の排出量を合計すると八十二万トンになります。(表)

 電力会社などは、さきに横浜市で開かれた
日本原子力産業協会の年次総会で、
「CO2ゼロ」と原発を持ち上げましたが、実態は大違い。

業種別でみても、運輸・郵便部門の事業所(約九十万トン)
に迫る排出源となっています。

表

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

(以上、転載おわり)

また、下記のブログは、更に詳細な内容が
書かれており、説得力があります。
是非、ご覧くださいませ   ↓  ↓ (下記をクリック!)

原発も『CO2』を出す!

(ブログ「世の中の不思議をHardThinkする」)

2012/01/27

経産省前の、テント村がピンチです!

みなさま、目標2万人まで、あと少しです・・!^^
賛同いただける方、ご協力お願いいたします


【国際署名団体avvazの福島の母のための緊急署名!】 
18時間以内に、福島の母たちは退去させられます。
枝野経産相にメッセージを送り、
この決定を撤回するよう説得しましょう。
 avaaz.org/jp/stand_with_…

上記の署名に書かれていますが、
今、枝野さんが
経済産業省前に、市民有志が建てたテントに
退去命令を出しています

ここには、前田も12月に訪問して
少しお話伺いました。

皆さん本当に一生懸命、想いをもって活動されていて
福島のお母さん方や、
その他全国の同じ思いの方々を
つなげてくれる、大切な役割を
身体をはって、生活も何もすべてを
脇におき、「今、安全な未来を目指さなくては・・!」との
思いで、活動されていました。
(その思いにうたれ、思わずカンパさせていただきました。
しょ・少額ですが・・^^;;
実は、私も人にカンパしてるバアイじゃない
状況だったりもしますが ^^;;;
「皆さまの真摯な想いと意志」に、
アタマが下がったのです)

賛同いただける方、彼らの応援お願いします
今日27日は、経産省前のテントに全国の同志たちが
集ってこられると思います


2012/01/26

肥田舜太郎さんの講演

先日行われた、「脱原発世界会議」での
被爆医師 肥田舜太郎さんの講演を見つけました。
短めなので(約10分)是非、ご覧下さいませ・・!


(以下、書き起こし文を、YOUTUBEサイトより、いただきました。
アップして下さった方、ありがとうございます・・!T T;)

1945年にわたくしは軍医として広島陸軍病院に勤務し、原爆の日は、たまたま午前2時に6キロ先の辺坂村に往診して、原爆による即死を免れました。
そのかわり逃げてきた多数の被ばく者の救急医療を行う事になりました。
市内で即死を免れた者も、火傷や怪我に加えて、まぶた、鼻、口、肛門,陰部からも出血し、頭の毛が全部抜け落ちるという急性放射能症で死んでいきました。

当日広島におらず、原爆には合わなかったけれども、爆発後数日以内に市内に入り、救援活動や肉親捜しをしたものが、俗に言われたぶらぶら病というものを発症し、数十年間、­「あなたには病気はない」とか、「ノイローゼだ」とか、ひどい場合には「仮病」と言われて悩みぬきました。

日本政府は1957年と1968年の2回に渡り、いわゆる原爆日本と言われた援護の法律を作り国による被ばく者の援護を遅まきながら始めました
しかし、国は二つの法律が最高の補償を定めた認定被爆者から、内部被ばく者を除外するなど、法律制定から35年間、内部被ばく者を差別し続けてきました。


福島原発は広島原爆のウラニウムと長崎原爆のプルトニウムを混ぜたプルサーマルを使用しています。事故からの放射線被害を受ける人たちが、広島と長崎で被爆者に生じたのと­同じ症状が起こってくるに違いないと、医師である私は推定しています。


結局、福島原発からの放射線は3月15日の大量放出から、約300日間ずーっと続いていて、すでに日本列島の隅々まで、広範囲に飛散していると推定されます。

微量でも危険な放射線の内部被ばくのことを思うと、原発を廃炉にして放射線を完全に止めないかぎり、ホットスポットがどこに現れても不思議ではない。
疎開や放射線の無い、汚染の無い食材の入手は、もはや無意味になっていると思われます。厳密に言えば、安全な場所は、日本にはもうないのです。
「どうしたらよいか」わたくしは相談を受けます。


私は被ばく者のための医師として、被ばくの後遺症にならずに長生きする生き方を、30年間考え、指導してきました。

それは、自分が自分の命の主人公になって、親からもらった免疫の力を守り、
ひたすら健康に生きるよう、必死に努力する事しかないと思っております。
人類は地球上に生まれ出た時、明かりもなければ火も持っていませんでした。
太陽とともに起き、太陽が沈むとともに寝る。そういう生活を何千万年も続け、自然放射線や紫外線から命を守る免疫を作ってきました。
その基本の早寝早起きの健康の大原則を愚直に守る事が、親から引き継いだ免疫力を維持して病気を防ぐ唯一の道であるとわたくしは確信しています。

わたくしの話しの結論。人間は、放射線を安全に操作することはできません。
ですから、原発も核兵器もなくして、「安全な地球に住む」という事しかないわけです。



2012/01/25

今週末に、ある会にて、アフガンのお話を
させていただきます。
アフガンから始まり、311へと話は流れてゆくでしょう。
そう、すべて全てつながっている。
原稿を今日書いていて、
昔のアフガン日記を久しぶりに読み返した。
涙でグシャグシャになった。
泣いてる場合じゃないぜ、自分!
と突っ込みながら、最高の原稿を書くのダ・・!
311にだって、めげてはいられないぜ。
(と、なぜか男性言葉、で、自分に喝。)

2012/01/24

パソコン危機,脱出!

東京では、かなりの雪が降ったとか?
雪に関連して、交通事故が増えているとの
ニュース(><)
どうぞどうぞ、皆さまお気をつけてくださいませ・・!


最近は、更新なかなかできておらず、すみません
昨年末の中国取材レポート
アップしたい想いはやまやまあるのですが・・!
(楽しみにして下さってる方
ごめんなさい  --m;;)
今、大事な原稿詰めに取り組んでいて
これが終わらないことには、他の作業に移ることが
できないのであります。
そして実はこの数日、映像編集用のパソコンが
不調で、
「もしや、これは買い替えか??」という
疑惑のある症状が出て、
気が気ではなかったのでした
(珍しいくらい、落ち込みました)

しばらくパソコンを休ませながら、
また、もしもの際の事を考え、修理関連の詳細を
調べたりしていて
その間、いろいろ頭をよぎりました。

今は一刻も早く編集を!と思っている時だったので、
かなり、焦ってしまいました・・
なんだか、心にぽっかりと穴が開いたような
気分だったのでした。

映像データ自体は、ぜんぶ
別のハードディスクに保存してるので
その点は安心だったのですが
もう長い間、
編集パソコンを開かない日が
1日となかった生活だったので、
自分でも驚くくらい
淋しい気持ちになってました。

「もう映像は、私の一部になってるんだなぁ。
この映画を創ることで、実は私は
この数年、生かされていたんだなぁ・・」と
そんな事を
しみじみと感じました。

結局、パソコンは問題なくいける事が
判明しました!!!!

やるぞ。やるぞ~。

2012/01/22

派遣労働でした。
働きました。
寒かったです。
でも、この冬の、
「さむい~ さむい~ (T T)と
小さく寒さに震える感じも
実は、すきだったりするのであります。

頭の中は、映画のことでイソガシイのであります。

2012/01/20

講演

映画製作を理由に、一時中断させていただいいた
お話会のご依頼を、昨年末からぼつぼつ
いただくようになりまして
ぼつぼつと、また始めさせていただこうと
思っています
(ありがとうございます><)
お話自体は、リニューアルされます。
この1年で、本当にさまざまなことが、ありましたし。


どうやら日本に今起っている変化は、
「放射能の被害」では
決して終わらず、
次はどうやら、
「戦争参加できる日本」へと
エライ人たちは
システムを変えてしまおうとしているようです。

この2・3年に、、(※主に、311前)
戦時を体験された方々に
お話を聞くと
「今は、先の戦争の前に、そっくりだよ」
という言葉をたくさん聞きました。

(それに反比例して
「僕達(日本)は戦争をもう経験する事は
ないだろう。(日本に生まれてよかった~)」等の
言葉を、
多くの若者たちから、聞きました。
前田は、この世代間の、現在に対する
認識のギャップに、
それぞれの情報が、
乖離し過ぎている気がして
1人、そら恐ろしさを、感じてきました)


日本が戦争に参加できるように
考えている人たちは、
311の災害の日本の混乱をも
利用しようと考えているようです。
私は、真剣に今、
日本が大きく変わってしまう事を、覚悟しています。

上記の根拠は・・具体的には
以下の2点でしょうか?



①何年も動いていなかった
「憲法審査会」が、昨年末から始動しています。


この「憲法審査会」の焦点は、
平和憲法の9条を
変えるための国民投票を実施するための
詳細を詰めていくものです。
福島をはじめ、放射能の被害から人々を
守る・又は、農業などの産業を保護する
(賠償する)政策も、ないまま、
今このタイミングで行う必要が、あるのでしょうか?

国民投票の結果によっては、
日本は、再び戦争に参加できる国になります。

皆さま、ご存知でしょうか?
先日、日本は、「武器を輸出できる国」に変わりました。

以下のニュースをご参考までに・・

[武器輸出三原則] 緩和には流出の懸念も
(南日本新聞  20011 12/29 )
上記より、一部抜粋です

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 
 政府は、日本の防衛政策の基本である
武器輸出三原則に基づく
事実上の禁輸政策を大幅緩和し、
国際共同開発・生産への参加と
平和構築・人道目的での装備品供与
を解禁する新基準を決定
した。

 米国などわが国と安全保障面で協力関係のある国
を対象に、防衛装備品などの国際共同開発・
生産を進めていくことで
最新の防衛技術を獲得して
防衛産業の生産技術基盤を維持・高度化する
~(略)~

政府は、共同開発の相手国に
米国や北大西洋条約機構(NATO)加盟国
などを想定しており、
厳格な管理で第三国などへの流出
を防げるとしている。

ただ、日本が共同開発に参加した武器を、
米国などが戦争で使用する可能性は否定できない。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

約35年、武器の前面禁輸を軸としてきた
国の政策を、変えてしまう事は、
相当な事です。
この武器に関しての議論は、以前から何度も
変えようという動き・議論が起っていましたが、
とうとう、動き出した印象です。
この311後の混乱期に、乗じたかのような印象は、
拭えない。

私が言うまでもなく、
311後、元通りの生活を取り戻せる
めども見えないながらも、日々一生懸命がんばってらっしゃる方々
が、各地に多くいらっしゃいます。


311からまだ1年も経っていない。
故郷をなくした方々・仕事をなくした方々の
健康・生活の再建の為の、十分な措置は
行われたでしょうか?




「放射能」の特性として、
数年後に、人体に被害が出るものである
事は、科学が証明しているのですが・・
今、その対策を、
考え続けていてくれるでしょうか?
福島を始めとした、放射能による
健康被害は、
原発を国策としてきた、国の責任が大きいはずですが
どこかの首相さまは、収束宣言を行って
終わらせようとしていますT T


ここにきて、
今まで何十年もタブーだった、
軍事に関する事案を、一気に
変えていく動きが起っているのは
果たして、気のせいなのでしょうか・・?
言うまでもなく、
「今までタブーだった」のは、市民が反対し、
意見表明をしてきたから、です。
大きな災害が起った時、
市民活動の機能も、弱まります。
心身ともに、生活に手一杯になりますから)


こういった傾向は
今後も加速され得る、と前田は本気で
びびっているよ・・。
「国際貢献」
「日本の国益のため」という言葉が
今後さらに、飛び交っていくかも、ですね・・。

世界平和を願って、世界地図を買ってきたぞ♪
世界中、ともだたちさ♪

Think and Talk and Action
して参りましょう・・!
「不安」や「焦り」に陥るに終わらず
正しく、現状を知って、より良い未来の為に
つながって参りましょう・・!


原稿つくりに戻ります
そして、先月香川県であった
脱原発デモの映像を、編集しなくては(^^)!

原発がなぜ、なくならないのか


今こそ、日本は
「報道を、ひとりひとりが
検証し、考える」ことが
切に、求められていると
思う。(自身への大きな反省をこめて T T;)



以下は、京都原子炉研究所の
小出裕章氏の発言ですが、
ここに、
問題の本質を
突きつけられる想いがします。



「・・私は、
日本が国策として
(原発の)再処理政策を
掲げ続ける
最大の理由は、
核兵器開発にあると思います。」

http://actio.gr.jp/2007/11/19061359.html
エコ&ピース  アクティオ掲載の、
小出裕章氏のインタビューより、抜粋)


日本から原発が
なくならない理由。
それは、

日本に、
核兵器の材料を
プールしておきたい人々が
存在しているからでは、ないか。

前田も又、この疑念を
持ち続けています。

Let's think and talk !!
知って感じて考えて、動いていきましょう・・!

2012/01/19

ホテル

皆さま、今日の香川は久々に
1日雨降りです(T T)気温も低く、さ・寒いですぅ・・。

先日、派遣の仕事の関係で、某ホテル(名前の知れている全国チェーンです)
で昼食をいただく機会がありました。

前田は、311以降、なるべく食べ物に
気をつけるようにしています。
私の体質は、どちらかというと、
さまざまな環境や物に、身体がすぐ
反応する傾向にあるので、
自衛のつもりで食べ物には気を配るようにしています。
(もちろん、以前、アフガンや福島等に行った
際は、出していただいた地元の物を、おいいく
感謝していただきます。

矛盾していると思われるかも知れないですが、
伝えるべき、大切な事が起っていると思う場所には
たとえ一般的に、リスクが言われる場所でも、
出向く意義があると、前田は、考えています。

そんな時は、「郷に入れば。郷に従え」で、
無理に、自分の考えに固執せずに、
周囲の方に合わせます。そうする事で、
地元の方々の生活や思いも、少しながら
共有できるという点も、大きいです

大切にしてるのは
「気をつけられる時に、
気をつける努力を、
自身のために怠らない」ということなのであります。


さて、そんな訳で、地元にいる時は、極力
外食はしません。内部被爆の恐さを
いろいろ調べて、知っていたので
産地が分からないものは
極力避けた方が、ベターだと思っています。
(よい仕事をするには、健康は必須条件スから!)
内部被爆の恐さに関しては
それこそ、以前原爆のことを調べていた際に
具体的な事例を伴って、聞いていたので
311以前から、知っておりました。)

話は最初に戻りますが、
某ホテルのバイキングスタイルの食事の後、
なんと、気分が悪くなってしまいました。
もちろん、仕事中は笑顔で、なんとか終わったのですが
帰宅した後もひきずり、翌日も胃腸が変でした
なので、今日はプチ断食をして、胃腸を休めて
コントロールしています。これで明日には回復していると
思います。

今、日本では、有名ホテルといえども、
放射能に気を配った食材を使っているところは
あまりないのでしょうか?

(ここで
「放射能に、気を配った」と表現しているのは・・
つまり、今政府の出してる、放射能の
安全基準値は、全く信用できないので
ホテル独自に数値を授け、クリアーした食材しか
使わない・・といった方針。)

私以外の、派遣社員さんは、
さまざまな種類を盛って、
一通り食べてらっしゃる方が
ほとんどで、おかわりする方も多数でした。

中には小さいお子さんがいるお母さんも、
多数いて、牛乳・お肉・サカナ・卵を
じゃんじゃん召し上がっているのを
見て、「普段の食生活」が想像され、1人ショックを
受けてしまいました。

特に普段の香川県では、
どこか「原発事故は、もう終わった」かのような
空気があり、これではいけない、と思っていたのですが
この日、香川のお母さんたちの意識を感じた想いがして
少々、不安になりました。
小さい子どもたちに、産地も気にせず、なんでも与えるなんて、
本当にお勧めできないことです。

よっぽど言おうと思ったのですが、時間の限られている
食事時間中、しかも仕事が迫って、みなが緊張しているタイミングでの
放射能の指摘は、逆に、逆効果だと、
私としては察知しました。ぐっとこの場は
こらえましたが・・。
本当に、「内部被爆」のことや
正しい現状が、多くの方に知られていない現状を
改めて、感じました。
なんとか、正しい情報を共有できる仕組みを
行っていかなくては・・!と考え中です


2012/01/18

今日は本当に寒いです(><)
仕事から帰りました。
最近は、「もう、311前には、帰れないんだなぁ・・」などと
つくづく、強く感じています
大丈夫、覚悟を決めて、進むのみ。
やっちゃいましょう!
おはようございます
寒い日が続きますね

今日は朝早い仕事が1件。(派遣労働~)
はりきって行ってきま~す・・!(^^)

2012/01/16

さようなら原発お祭りウォークの写真

先日14日、香川県高松市で「さようなら原発お祭りウォーク」に参加しました。

終始、にぎやかに笑顔で「原発からの卒業」を願って高松市中心部の商店街を歩きました。
以下、一部ですが、写真報告です。来月も行います。多くの同志が更に集りますように!




2012/01/14

さようなら原発・お祭りウォーク@高松、
ぶじ終了して、今帰宅しました~
ジャンベや 打楽器・満載の
お祭りパレードは、道往く方々の
笑顔をよび、自ら、ちらしをもらいに
来てくださる方や、携帯でパレードの写真を
撮っている方、こちらの「一緒に歩きませんか?」
の声かけに、応じてくれたり、
「参加したいけど、仕事中だから・・」とお断りの言葉も、
また笑顔・笑顔・・。
やはり、人は音楽や、踊りやカラフルで楽しいビジュアルが
大好き。関心を示して、近づいてきてくれます。

今日は1日、ビデオで記録係をさせていただいたのですが
たいへん、学ばせていただいた1日でした。

また1ケ月後に、ウォークがあるのですが
主催者の方は
「5000人集めたい!!」と意気込んでおられます。
つながっていきまっしょい!

2012/01/13

明日14日、さようなら原発・お祭りウォーク!

みなさま、以下、お勧めの集りです
明日14日に、香川県高松市で
さようなら原発1000万人お祭りウォーク
があります。近隣の皆さま、よろしければ是非
ご参加くださいませ♪
意思表示していこう・・!
前田も、もちろん駆けつけます

以下、詳細です


===================
さようなら原発1000万人お祭りウォーク 
〜原発なくてもええじゃないか〜

1月14日(土) 13:00 中央公園集合

高松中央公園から南新町→丸亀町→フェリー通り→河原町駅→常磐街→ 南新町→中央公園

主催:さようなら原発1000万人アクションin四国、実行委員会
   代表者 三好東曜 080-5300-3756
toyo@lunaticanapa.jp

ポジティブに脱原発!どんな未来を創るのかは、あなた次​第!
こんなんだったら良いなという未来のイメージを
プラカードや仮装や音楽やパフォーマンスにして街を練り​歩こう!
原発なくてもええじゃないか!祭だ祭だわっしょいしょい​!!
テンションあげてみんな遊びに来てねー!!!


※ アフリカの太鼓、ジェンベの音を先頭にみんなで歩くよ♫
  鳴りモノある人は、ぜひ持って来てね☆
http://datugenpatu55.ashita-sanuki.jp/


2012/01/12

ただいま~
しんしんと冷えた夜の道を帰宅しました。
今日も、1日労働してきました・・!
もうすぐ、編集強化月間に突入です

中国のご報告がそれまでできずにいます
ごめんなさい(><)

2012/01/11

おはようございます
今朝も早朝ハイクの山中で、静かな強い月の光に
心身を癒されました。

311まで、後2ケ月ですね。
東北・関東大震災・そして原発事故から
1年がたつ。
福島や、近隣の県・又は関東の
放射能汚染の強い地域から
子どもたちや人々を、より安全な場所に
移住していただく事に関しても
原発を止める事も
皆さまご存知のように、国も
東電も、責任逃れをしている。

「罪のない方々が、正当に
安全な生活を保障されること」が
こんなにも難しく、それを求める事自体が
こんなにも長丁場になっている事に
この10ケ月、悩ましい想いで
(本当に砂ひとつぶですが・・)
自身にできる事を、させて
いただいてました。

まだまだ、長いたたかいになります。
これからが、正念場なのでしょう。
ようやく、それを悟りました。
たえず自分を反省・
そして更新しながら
変わらぬ精進を願って一歩づつ・・・。


前田は今年の311を目指して、ある事を計画中です。
今日も、着実に進んでまいります
つながってまいりましょう

2012/01/09

昨年の中国取材以来、
自分の中で、意識の、大転換を迫られてる感じだ。

なんて書くと、とても大げさに聞こえるけど、
「何をどう」って、
明確な話ではなく、
中国で、たくさんの中国人の方と出会って
笑い合って、握手しあって。
短い間ながら一緒に過ごし
同じお皿のご飯をみんなで食べたりしていたら・・

いま、中国と日本の間の歴史を
新たな角度で見つめなおしています。

間違いなく言えることは、
国は違っても、みな人は同じだということ。
今、中国という国に、友人ができたことを
かけがえなく思っていること。

大すきな家族と、平和に健康に
笑い合って暮らしたい。
人は、みな、おなじ望みのもとに
生きているのに、国が違うというだけで
その基本的なところが
見えづらくなってきたりする。

もうひとつ、私が確実に言えることは
私は、戦争が、嫌いだってことだ。

今日も1日、働いてきました。
早く、映像編集したくて、たまらない。

2012/01/08

みなさま、寒いですね
体調など、崩されていませんでしょうか?

前田は、これからの期間
しばらく、こもって
編集する期間とするため、
最後の
労働ラストスパートしてます。

そんなわけで昨日は1日働いてましたが
今日は、祖母の四十九日だったので
早朝出発して、
兵庫県のお寺さんに向かいました。


本当にありがとう、祖母。
大正・明治・昭和を生き抜いた祖母。
「魔法の9」の完成を、また心に誓いました。

2012/01/06

寒いですね(^^;)
ひきつづき、中国の映像チェックに余念がありません

2012/01/05

推敲

今までお話を伺った、
先の戦争体験者の中で、
合わせて、3名の方(のご遺族)から、
他界された、とのご連絡を
いただいてます。
でもこれは、今現在の時点で
前田が把握している事だけなので
もしかしたら、他にも、ご縁いただいた方の中に、
他界されてしまった方が、いらっしゃるかもしれません



過去の戦争の後処理も
きちんと終わらせないままに、
いま、真実が葬り去られようとしている。


そして、この先には、
福島の子どもたちをはじめとする、
守るべき大切なもの達が、
ただ判然と、横たわっている。
私たち日本人の、未来の風景の中に・・。


祈る気持ちで、映画の完成への
ビジョンを推敲しています

2012/01/04

中国の映像、チェック中!

おはようございます。
NHKのETV特集の再放送を流しながら、
先日の中国取材の映像を、チェック中です。

たまたま、行った時が、温暖だっただけかもしれないですが、
香川の方が、滞在中の中国より、
(今回行ったのは、主に、成都・楽山・重慶)
しんしんと寒い気がします。
がんばっぺ~

2012/01/03

中国の映像、整理中!

今回の中国行きは、不思議なタイミングで、
まるで何かに導かれたかのように、突如決まりました。
(なんと、決まったのが、昨年12月19日の夜、
東京で取材中に!
出発は、丁度、その日の1週間後の26日に、
成田から。
その日の東京での取材は、
19日だけ終わらず、20日にもまたがり、
香川に一旦帰れたのが、21日だった。

東京では、遅くまで霞ヶ関近辺をうろうろしていた為、
喉がイガイガ。風邪の初期症状が・・。

香川に帰った翌日は、
派遣会社から、以前から指名をいただいていた仕事が
待っている。こちらも、当然、手を抜く訳もいかない、
予習必須の、早起きしての、仕事。
なんとかこなして、ほっとしたが、仕事終了時には
仕事場の方が驚くほどの、
声になっていた。

「前田さん・・。
いつもは、ウグイスなのに、今日は
鶏になってるよ?
大丈夫ですか!?」

「はい、大丈夫です!
ぶじ、仕事終わってよかったです」

「ま、前田さん、とうとう、声出なくなってますよ!!」


・・(ひたすら、笑顔でごまかす。
本当に、仕事終わったと同時に、声が枯れて出なくなってた。
それから出発まで、風邪が本格化。多分
すこし、熱もあったと思う。測る暇さえなかったのさ。^^;)


徹夜で準備・買い物・原稿書き・映像整理・
カメラのメンテをして、
成田出発日の前日の夜に、
ぎりぎりセーフの、東京入りを果たして
本当にほっとしたのでした。
(翌日の成田が、朝出発の飛行機だったため、
前日に東京入りしないと、間に合わなかったのでした^^;)


ああ、今、中国出発前の、ジェットコースター的スケジュールを
思い返して。へなへなと、力が抜けてきた・・。
改めて(^^;)
でも、予想よりは気温が高かった中国で
しっかりと風邪を治してしまった私。
たくさんの方に助けていただいたし、
宿泊の手配など、主催いただいた
一瀬法律事務所の皆さまの献身的なお仕事と
中国の方々の、暖かいおもてなしのおかげ様さまでした(T T)
神様、いるなぁ~、と毎日実感していた
中国取材の日々でした(感涙)

ちなみに、中国での映像は、かなりの時間撮ったため
朝から、ずっとパソコンに取り込んでいるけど、
取り込みだけで、もう連続7時間以上、稼動してるけど、まだ終わっていない・・。

やれやれ、今日一日
家にいられて、ようやく心身が緩んできました(^^)
中国では、寒さと機材の重さと
移動の多さで、頭痛が結構続いていたのでした。
(でも、負けじと、撮り続けたゾ。)
サアテ、がんばって編集していかねば!
 (つづく)

本当に、見えない力に助けられていた
中国取材。
有難いです。
もちろん、いつも応援してくださっている、皆様のおかげ様でも
もちろあります!本当にいつも、ありがとうございます(T T)

すこしづつ、中国のこと、書いていきます

2012/01/02

ようやく、帰宅しました~
1週間ぶりの我が家で、ようやく2012年が
始まったことを、少し実感。
すこし、仮眠しますなり。

中国からの映像を、
ぶじ持ち帰ることが
できて、ようやくほっとしております(^^);

2012/01/01

今年も、走ってまいりましょう

中国の取材より、帰国しました
今年も、皆様とともに、走ってまいりたいと思います。

本年もよろしくお願いいたします
まだ、東京です。
これから、帰途に着きます
おいおい、取材報告させていただきたいと思います・・!

皆様にとって、すばらしい年となりますように