2010/03/20

トーク・ライヴのご報告もろもろ。

みなさま、だいぶ春めいて参りましたね
いかがお過ごしでしょうか(^^)

遅くなりましたが、先週末、久々に東京での
トークライヴをさせていただいた際の報告です・・! (長いゾ・・!)

準備段階で、今回ばかりは、もうダメかも。。
間に合わないかも・・と何度も思いました。
昼、派遣仕事。
夜中、せっせと編集作業の
遅々とした作業。
原稿は、当日、開始の
数時間前に何とか、完成しました。
うわぁ、良かった・・!(><)

相変わらずのバタバタなスケジュールが
続きますが(^^;)
修羅場を越える度に
「やれば、できる。」の実例が増え、
変な度胸が、(ひらきなおり?)
身について参りました(^^;)

講演の完成度で言えば
課題はまだまだ多いのですが
(皆さま、スミマセン ><)
ご参加いただいた皆様に、
忙しい中、
時間を削って準備してくれた
主催者の友人達に、
心より、感謝申し上げます。
そして、嬉しいことに、主催の友人達のはからいで
この日の収益を全て、魔法の9の製作費に
ご寄付いただきました(><);;
ありがとうございます・・!!

☆☆☆ ご遺族の坂本さんがご参加くださいました・・! ☆☆☆☆

嬉しいことに、先月ニューギニアの旅に
同行させていただいた、ご遺族の阪本さん
(お父様を、ニューギニアで亡くされています)
が、わざわざご来場くださいました(><)。
ご遺族の前で、拙い私の話をするのは
たいへん大変、恐縮でしたが、この日、
阪本さんに会えたことを、戦後世代・20代くらいの若い世代の方々が
喜んで下さったことが、私には、何よりの 喜びでした。
(インタビューに答えて下さる阪本さん。 西部ニューギニアのビアク島・アルンバイホテルにて。)

戦後世代の参加者が多い中、ご遺族の、生(ナマ)の思いが伝わる、貴重な機会に
なったのでは?と思います。
阪本さん、遠路からのご参加に、心より感謝いたします
ありがとうございました

☆☆☆ いただいた感想から、改めて考える「未帰還兵捜索(遺骨収集)」の今後 ☆☆☆☆☆☆
今回、西部ニューギニアのプアイ村で、
現地の方々と一緒に
未帰還兵のご遺体の
収容作業をした映像を
見ていただきました。

いただいた感想は、以下のような
驚きを伴ったものでした。
「本当に政府は、
こんなにも
<旧未帰還兵のご遺体>を
放置してきたのか?」

「民間団体が、
収容作業をしているなんて・・!!」

私も、実際に現場を見るまで
「約65年間も、放置されたご遺体」を
想像すらできずにいました。

その場に遭遇して始めて、
いや、
目にしたその日から、
時間を経れば経るほど
何か
ボディーブローのように
効いてくる。
この重大さに驚き、
深く、気づかされていく
一方なのです。(骨と一緒に出てきた、日本陸軍の鉄かぶと)


私のお祖父ちゃん世代
の方々、いわば、現代の日本の「礎」を
作られた方々の「遺体」が、
異国で
若者のまま
時を止められ、
以後、誰からも省みられることなく、
野ざらしで、朽ちている。

何十年もかけて、少しづつ
バラバラになって。
野犬の餌食になったり
時には、現地の生活ゴミに埋もれて。。
(ここに、死者の「尊厳」という言葉は 微塵もない。)


(収容した現場周辺には、現地の方々の生活ごみが、一緒に、埋まっていた)

「赤紙」一枚の強制。
反対の「意志」さえ、 許されなかった時代。
飢えと病に
さいなまれたうえでの死。
これが、戦争か。。。
辛すぎます。


NPO「太平洋戦史館」の岩淵さんは
始めてニューギニアを訪ねた時、
現地に建てられた、立派な
「連合軍の戦没者墓地」に見とれて、
立ちすくんでいたそうです。
そこに、神父が現れ、
こう言ったそうです。


「君の足下には、
たくさんの日本兵が、埋もれたままだ。
なぜ、日本人は、彼らを迎えに
来ないのか?」


岩淵氏は、まざまざと
自分の足下を見つめながら
大きな衝撃を受けた。
以後、約40年にわたり、
こつこつと、ご遺体の収容活動を
続けてこられたのです。

私は、岩淵氏の人生を思うにつけ
まったく驚きを禁じえません。

果たして、
3歳で生き別れたお父様を
こういう形で
愛し続けることが
私だったら、できるだろうか?
人生の全てを捧げて。。
頭が下がります。


この旧・日本兵の収容作業は、
国際間の問題であり、
日本政府に働きかけて、
実際に日本政府が動くこと
を決めないと、実現されない。


これは、相当のエネルギーと時間と
費用を要します。
太平洋戦史館さまのご尽力の甲斐あって
収容数は、増えていってます。
彼らが働きかけなければ、
近年の西ニューギニアの
未帰還兵の収容数は、
永遠に「ゼロ」のままだった、
という事実。
(ニューギニアに限らず、まだたくさんの
未帰還兵が、異国に放置されたままです)


改めて、日本という国を見る目が
変わっている自分に気づきます。
私の脳裏には、今なお、
無数に眠る、野ざらしの
兵士達の姿が、浮かぶのです。
彼らは、誰かに見つけてほしがっているように
思えます。


前田は、岩淵氏や、
収容作業に専心され続ける
ご遺族の皆さまに
大きな大きな愛を感じ、
学ばせていただいています。
砂一粒のお手伝いを、
今後も「伝える」ということで、続けて参ります
(パプア州のプアイ村で、今回収容した、元・兵士達の屍骸)
(収容作業の傍ら、亡き父を悼んで涙を流される、ご遺族の皆さま。とても胸が痛かったです。。)


●皆さまへ●
日本政府は、戦後30年余で、
(※以前、20年余り明記しましたが、
訂正です。すみませんでした><)
「遺骨収集はおおむね終了」と宣言し、以後は民間から
情報があった場合のみ収集する、という形をとっています。
(民間の人間が自費で調査し、
「ここにどれだけ遺体がある」と
情報を政府に知らせて初めて、
実施の検討を始める。
よって、この情報がなければ、
基本的に遺骨収集は行われない現状。)
今回、前田は、未帰還兵捜索の旅に参加し、
民間でやるには、あまりに
「多大な時間と資金。そして、人手が必要」
な現実を垣間見させていただきました。

今後も更に精力的に,
未帰還兵の捜索活動をされるという
NPO法人 太平洋戦史館さま。
賛同していただける皆さま、
よろしければ、どうぞサポートをよろしくお願い致します 。
前田も、会員です♪

http://www14.plala.or.jp/senshikan/
NPO法人太平洋戦史館
●ご寄付の送付先●
☆ 郵便振替 ☆●口座番号02310-5-23158●口座名「太平洋戦史館基金」
(会員も募っておられます・・!前田も、会員に入れていただいてます♪
詳しくは、ホームページをご覧くださいませ♪)