2009/10/02

インドネシアで(また)地震が。

(写真は、2004年撮影。インドネシア・アチェの子どもたち)
おつといの30日に起こったインドネシ・パダンの地震。千人以上の死者が出ていると報じられていましたが、今日のニュースでは、現地の方は、数千人の被害と言っているようです。(以下、参照ください)

がれきの山、素手で救助作業 スマトラ地震被災地パダン
http://www.asahi.com/international/update/1001/TKY200910010216.html?ref=rss( 朝日新聞 2009年10月2日)
 インドネシアのスマトラ島西岸沖で発生した地震から一夜明けた1日、
大きな揺れに見舞われた被災地の様子が徐々に明らかになってきた。
震源に近い海岸沿いのパダンではホテルや病院が倒壊し、
津波を警戒して住民らが逃げ惑った。
ただ、通信の状態が悪く、詳しい状況はいまだに分からない。

 AFP通信などによると、震源に近いパダンの市街地では、
幹線道路に面した家屋が数棟並んで倒壊し、
前日の地震直後に出火した火災がくすぶり続けている。
モスク(イスラム礼拝所)やホテル、病院など倒壊した建物に生き埋めになっている人を助けるため、
住民らが素手でがれきを取り除いたり、
火災をバケツで消火する作業をしたりしているという。

 朝日新聞の電話取材に応じたパダン中心部のホテルの従業員イワンさん(29)によると、
けが人が道ばたにあふれ、あちこちで火災も起きている。
水道は大丈夫だが、電気はまったく来ない。
軍隊や警察が早朝から、救助活動を続けているという。
イワンさんは「テレビなどでは75人が死亡というが、そんなものではない。崩れた建物の下に大勢取り残されている。数千人になると思う」と話す。

 パダンの別のホテルに勤めるアリさん(25)によると、地震はホテルの客が夕食を迎えようとしていた時間に起きた。
04年12月のスマトラ沖大地震よりも、はるかに強い揺れを感じた。ホテルの客を含む島の人々は、津波を恐れて一斉に高台の方に走って逃げたという。

 被災に追い打ちをかけるように、現地は昨夜から強い雨が降り続いているという。
アリさんは「まだ食べ物はあり薬も足りている。
ただ、今後どうなるか分からず、日本などからの救助隊が来てくれるのを待っている」と支援を求めた。

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以前、2004年の津波の際、アチェに動向調査をご一緒させていただいたNGO ヒューマンシールド神戸の吉村誠司さんが、早々にアチェに向かっておられます。皆様、応援のほど、よろしくお願いいたします
http://chikyunikki.spaces.live.com/default.aspx?sa=588366550