以下のメールを、友人より受けとりました。
いわき市の情報等、とても大切なことを書いてくださっています
よろしければ、どうぞ、ご覧くださいませ
これを発信している、たけちゃんとは
64年目の、8月6日原爆投下の日に、
初めて広島でお会いしました
たけちゃんの活動と、いわき市はじめ、被災された
皆さまを心より、応援しております
☆☆☆☆★☆☆☆☆☆★☆☆☆☆☆★☆☆☆☆☆★☆☆☆☆☆★☆
(以下、転載です)
━━━━━━━━━━ Muzinzo vol.59 ━━━━━━━━━━
いわきローラー隊 ◆吉澤武彦◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
一昨日深夜大阪に帰ってきました。
27日に出発し、28日にいわき市に入り、29日に石巻に行き、
30日に再度いわき市に入りました。
先日の案内で色々と応援のメッセージや基金へのご協力を
いただきありがとうございました。
今回の動きを報告させていただきます。
**** **** **** ****
「炊き出しから避難所に明るい台所を作ろう!」
いわきローラー隊 ◆吉澤武彦◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
一昨日深夜大阪に帰ってきました。
27日に出発し、28日にいわき市に入り、29日に石巻に行き、
30日に再度いわき市に入りました。
先日の案内で色々と応援のメッセージや基金へのご協力を
いただきありがとうございました。
今回の動きを報告させていただきます。
**** **** **** ****
「炊き出しから避難所に明るい台所を作ろう!」
と発想し、『みんなの台所プロジェクト』と命名し、
深尾さんと食材と炊き出しセットを
軽四に積んで和歌山を出発し、朝の8時にいわき市の
支援物資の受入れ先のある平競輪所に着きました。
そこででボランティアに参加していた友人のヨシさんと合流し、
ボランティアセンターの方のお話を伺った後、現地でいわき市
の避難所の支援を熱心にされている
NPOザ・ピープルの吉田さん、古川さんと落ち合い、
小名浜第一中学に行きました。
明るく元気なお母さんの「吉田さん」と
お酒とお話好きのおっちゃんの「古川さん」は
赤ちゃんプロジェクトの時から、現地で色々と
サポートしていただき、今回の炊き出しのコーディネート
を行っていただく等大変お世話になりました。
ザ・ピープル
http://www.iwaki-j.com/people/
深尾さんと食材と炊き出しセットを
軽四に積んで和歌山を出発し、朝の8時にいわき市の
支援物資の受入れ先のある平競輪所に着きました。
そこででボランティアに参加していた友人のヨシさんと合流し、
ボランティアセンターの方のお話を伺った後、現地でいわき市
の避難所の支援を熱心にされている
NPOザ・ピープルの吉田さん、古川さんと落ち合い、
小名浜第一中学に行きました。
明るく元気なお母さんの「吉田さん」と
お酒とお話好きのおっちゃんの「古川さん」は
赤ちゃんプロジェクトの時から、現地で色々と
サポートしていただき、今回の炊き出しのコーディネート
を行っていただく等大変お世話になりました。
ザ・ピープル
http://www.iwaki-j.com/people/
「こんにちはー!」
と学校に入ると前回訪れた避難所と同じように
皆さん元気のない様子でした。
避難所の責任者の方に長机2台とマイクだけお借りして、
「あのー、カレーうどんを作りに来ました。
ただ、僕はカレーうどんを一回しか作ったことなくて
自信がないのでもしよかったら、手伝って
いただけませんか?」
と訳のわからない挨拶をして、食材を長机の上で広げ始めました。
以前群馬で開催した「100時間ぶっ通しフットサルマラソン」の時、
夜食でカレーうどんを作ってくださった方がいて
その方のお手伝いをしていたため、私にとって
炊き出しはそのカレーうどんしか経験がなく、
メニューは「カレーうどん」しか僕には思いつかなかったのでした。
100時間フットサルマラソン
http://npo-oizumi.org/guinness/jap/index.php
避難所である体育館では、最初は少し「?」な感じ
が漂ったのですが、やっているうちにおばさんが何人か
こちらに来てくださって、
「じゃあ、私調理室で野菜切ってくるわ。包丁ある?」
とか言って野菜を全て引き受けてくださいました。
そのうち中学生や小学生くらいの女の子や、
やんちゃそうな腕に刺青の入った
あんちゃんが来て、
「何か手伝える事ありますか?」
と言ってくれて、うどんの玉を半分に
調理バサミでカットする等
セッティングを始めてくれました。
あっという間に僕の仕事がなくなってしまい、
おばさん達を中心に瞬く間に食材を調理していき、
想定していたカレーうどんの他に
オリジナル醤油ダシのうどんまで出来上がりました。
避難所の皆さんは毎日配給される
冷たいおにぎりかパンしか食べていないらしく、
避難所の体育館から調理室に移動している時、
一人のおじさんが話しかけてくださって
「バカなくらい、嬉しいわぁ!あったけぇもんが食べられるなんて、
今までで一番嬉しい!」
と最高の笑顔で言ってくださり、僕は胸が熱くなりました。
みんなで作ったうどんをみんな何度もお代わりをして
「おいしい!」「体があったまるわぁ」と言って食べてくださいました。
調理器具、調味料、コンロ等を置いていく
ということについてもとても喜んでくださいました。
避難所に入った時の雰囲気とはぜんぜん違った
明るさと会話がそこにあり、
「自分の役割(仕事)を見つけて動き始める事から個人と
コミュニティは輝き始める」という事を心から感じました。
僕はその輝きを陰ながらサポートする事を
全力でやろうとその光景を見ながら誓いました。
これ以上ない位の幸せをいただき、
中学校を後にし、次の炊き出し場所の
江名中に行きました。
そこでは、ちょうど前の日から炊き出しを始めたようで、
調理用具等もう少し欲しいと思っていたらしく、
今回食材と更に炊き出しセットを
お持ちしたのをとても喜んでくださいました。
ここでも、おばさん達が「出番がきた!」
とばかりの勢いでドンドン食材を調理して行き、
その場に居合わした僕らの出番はすぐになくなりました。
僕らはその活き活きとした姿を見届けて、
そのまま静かに次の場所に行きました。
次に訪れた避難所は、狭いスペースに
高齢者の方がひしめき合いながら、いらっしゃる場所でした。
そこでは、炊き出し等はできるようなスペース
もなく、そもそも求めていらっしゃるような様子
ではありませんでした。
最後に訪れたのは、前回訪れた小名浜第一中学でした。
そこでは、つい最近近所のお寺さんが
炊き出し用の道具を提供してもらったようで、
わたし達が伺ったときには既に
炊き出しの準備を始めていました。
次の日の炊き出しに使っていただくために
食材のみをお渡しし、炊き出しセットは
いわき市で走り回っているキンゾウに必要な
避難所に渡していただくように託しました。
食材と一緒に炊き出しセットを置いていく
「みんなの台所プロジェクト」は、必要なところでは
本当に大きな喜びや明るさを得る事ができる
ことが分かりました。そして、避難所によっては
既に炊き出しを始めているところ、
必要としていないところも現状としてあるという事も
分かりました。
現地の避難所の状況を確認しながら
展開が必要だなと思っていたら
NPOザ・ピープルさんで【避難所母さんたちの元気プロジェクト】
というプロジェクトで独自で取り組まれるという
連絡がありました。
既に新たに3箇所のでの避難所で実施に向けて
今動いているようです。
やったー!
と学校に入ると前回訪れた避難所と同じように
皆さん元気のない様子でした。
避難所の責任者の方に長机2台とマイクだけお借りして、
「あのー、カレーうどんを作りに来ました。
ただ、僕はカレーうどんを一回しか作ったことなくて
自信がないのでもしよかったら、手伝って
いただけませんか?」
と訳のわからない挨拶をして、食材を長机の上で広げ始めました。
以前群馬で開催した「100時間ぶっ通しフットサルマラソン」の時、
夜食でカレーうどんを作ってくださった方がいて
その方のお手伝いをしていたため、私にとって
炊き出しはそのカレーうどんしか経験がなく、
メニューは「カレーうどん」しか僕には思いつかなかったのでした。
100時間フットサルマラソン
http://npo-oizumi.org/guinness/jap/index.php
避難所である体育館では、最初は少し「?」な感じ
が漂ったのですが、やっているうちにおばさんが何人か
こちらに来てくださって、
「じゃあ、私調理室で野菜切ってくるわ。包丁ある?」
とか言って野菜を全て引き受けてくださいました。
そのうち中学生や小学生くらいの女の子や、
やんちゃそうな腕に刺青の入った
あんちゃんが来て、
「何か手伝える事ありますか?」
と言ってくれて、うどんの玉を半分に
調理バサミでカットする等
セッティングを始めてくれました。
あっという間に僕の仕事がなくなってしまい、
おばさん達を中心に瞬く間に食材を調理していき、
想定していたカレーうどんの他に
オリジナル醤油ダシのうどんまで出来上がりました。
避難所の皆さんは毎日配給される
冷たいおにぎりかパンしか食べていないらしく、
避難所の体育館から調理室に移動している時、
一人のおじさんが話しかけてくださって
「バカなくらい、嬉しいわぁ!あったけぇもんが食べられるなんて、
今までで一番嬉しい!」
と最高の笑顔で言ってくださり、僕は胸が熱くなりました。
みんなで作ったうどんをみんな何度もお代わりをして
「おいしい!」「体があったまるわぁ」と言って食べてくださいました。
調理器具、調味料、コンロ等を置いていく
ということについてもとても喜んでくださいました。
避難所に入った時の雰囲気とはぜんぜん違った
明るさと会話がそこにあり、
「自分の役割(仕事)を見つけて動き始める事から個人と
コミュニティは輝き始める」という事を心から感じました。
僕はその輝きを陰ながらサポートする事を
全力でやろうとその光景を見ながら誓いました。
これ以上ない位の幸せをいただき、
中学校を後にし、次の炊き出し場所の
江名中に行きました。
そこでは、ちょうど前の日から炊き出しを始めたようで、
調理用具等もう少し欲しいと思っていたらしく、
今回食材と更に炊き出しセットを
お持ちしたのをとても喜んでくださいました。
ここでも、おばさん達が「出番がきた!」
とばかりの勢いでドンドン食材を調理して行き、
その場に居合わした僕らの出番はすぐになくなりました。
僕らはその活き活きとした姿を見届けて、
そのまま静かに次の場所に行きました。
次に訪れた避難所は、狭いスペースに
高齢者の方がひしめき合いながら、いらっしゃる場所でした。
そこでは、炊き出し等はできるようなスペース
もなく、そもそも求めていらっしゃるような様子
ではありませんでした。
最後に訪れたのは、前回訪れた小名浜第一中学でした。
そこでは、つい最近近所のお寺さんが
炊き出し用の道具を提供してもらったようで、
わたし達が伺ったときには既に
炊き出しの準備を始めていました。
次の日の炊き出しに使っていただくために
食材のみをお渡しし、炊き出しセットは
いわき市で走り回っているキンゾウに必要な
避難所に渡していただくように託しました。
食材と一緒に炊き出しセットを置いていく
「みんなの台所プロジェクト」は、必要なところでは
本当に大きな喜びや明るさを得る事ができる
ことが分かりました。そして、避難所によっては
既に炊き出しを始めているところ、
必要としていないところも現状としてあるという事も
分かりました。
現地の避難所の状況を確認しながら
展開が必要だなと思っていたら
NPOザ・ピープルさんで【避難所母さんたちの元気プロジェクト】
というプロジェクトで独自で取り組まれるという
連絡がありました。
既に新たに3箇所のでの避難所で実施に向けて
今動いているようです。
やったー!
**** **** **** ****
その後、新潟の親友ヒゲ職人や
大島よっしーが宮城で最も大きな被害を受けた場所の一つ
「石巻」に向かうという事で、新潟チームとも打ち合わせ
を行いたかったので、彼らと合流し石巻へ向かいました。
その間、高校を卒業したばかりの
ゆうやも会津若松で合流しました。
石巻での私の目的は、
もちろん自分の体を使って役立ちたいという
事もありましたが様々なNGOが既に入り、
様々な活動をしている事は聞いていたので、
それらの動きに触れ、他の地域に転用する事に
主眼を置いていました。
石巻のボランティアセンターのある専修大学に着くと、
今まで様々な活動を通して出会ってきた友人たちが
たくさん来ていました。
ここには「動く人」が本当に集まっているんだなぁと
心から感じました。
色んな団体の方々に話を伺い、大きく分けて、
「炊き出し」、「清掃」、
「情報収集」、「物資提供」の
4つの取り組みがされている事が分かりました。
今回私は清掃と情報収集の2つを
ここでしっかり経験しようと思い、
とりあえずボランティア保険に加入し、
ボランティア受付で仕事を待ちました。
しかし受付のあと、30分位なんの音沙汰もなく待ちぼうけで、
「なんだろな~、これ」って思っているところにカヌーを積んだ
ミニバンが少し前を通り過ぎました。
震災翌日から現地入りして活動している
四万十塾のトールさんに違いないと思い、
追いかけて話しかけました。
四万十塾
http://www.40010.net/
バウさんや友人たちから色々と話を聞いていた
トールさんと初めてお会いした嬉しさでいっぱいで
色々とお話したかったのですが、
その気持ちをぐっと抑えて
「泥出しをやりたいのですが、どの辺りに行けば
その仕事が見つかりますか?」
と聞き、湊中学を教えてもらい、ナビで向かいました。
湊中学についた僕らは、
泥だらけになった教室をスコップで泥を出して
いきました。泥の中には魚が混ざっており、
TVや新聞のニュースでは決して感じる事のできない
生臭い現場の匂いに包まれながら、作業を続けました。
泥だしは結構大変な作業で
その中学校の卒業生の学生たちと一緒に
2時間位かけて一つの教室の泥出しを行いました。
泥だしを終えて一息ついている所に、またトールさんがふらっと
現れたので、
「今度はローラー作戦(情報収集)をやらせてください!」
とお願いし、担当者の井上あゆみさん(男)を紹介してもらい、
参加しました。
ローラー作戦は、ほんとにすばらしい活動でした。
ローラー作戦は、まず、調査対象の地域
の道行く人に話しかけ周辺の状況を確認します。
不足している物資を提供しながら、
その地域の人と会話を続け、
その地域のキーマンとその地域の人が集まりやすい場所
「キーステーション」を探していきます。
そしてそのキーステーションに定期的に物資を届け、
キーマンを中心にその地域の人に物資を
すみずみまで届けていったり、更に
炊き出しを行っていただくという取り組みです。
つまりこのローラー作戦で行われている事は
「情報収集」と「物資の行き届いた提供」と
「地域のコミュニティの再生」なのです。
これを地図上の端から順番に地道に一区画ずつ、
ローラー展開していくのです。
大島よっしーが宮城で最も大きな被害を受けた場所の一つ
「石巻」に向かうという事で、新潟チームとも打ち合わせ
を行いたかったので、彼らと合流し石巻へ向かいました。
その間、高校を卒業したばかりの
ゆうやも会津若松で合流しました。
石巻での私の目的は、
もちろん自分の体を使って役立ちたいという
事もありましたが様々なNGOが既に入り、
様々な活動をしている事は聞いていたので、
それらの動きに触れ、他の地域に転用する事に
主眼を置いていました。
石巻のボランティアセンターのある専修大学に着くと、
今まで様々な活動を通して出会ってきた友人たちが
たくさん来ていました。
ここには「動く人」が本当に集まっているんだなぁと
心から感じました。
色んな団体の方々に話を伺い、大きく分けて、
「炊き出し」、「清掃」、
「情報収集」、「物資提供」の
4つの取り組みがされている事が分かりました。
今回私は清掃と情報収集の2つを
ここでしっかり経験しようと思い、
とりあえずボランティア保険に加入し、
ボランティア受付で仕事を待ちました。
しかし受付のあと、30分位なんの音沙汰もなく待ちぼうけで、
「なんだろな~、これ」って思っているところにカヌーを積んだ
ミニバンが少し前を通り過ぎました。
震災翌日から現地入りして活動している
四万十塾のトールさんに違いないと思い、
追いかけて話しかけました。
四万十塾
http://www.40010.net/
バウさんや友人たちから色々と話を聞いていた
トールさんと初めてお会いした嬉しさでいっぱいで
色々とお話したかったのですが、
その気持ちをぐっと抑えて
「泥出しをやりたいのですが、どの辺りに行けば
その仕事が見つかりますか?」
と聞き、湊中学を教えてもらい、ナビで向かいました。
湊中学についた僕らは、
泥だらけになった教室をスコップで泥を出して
いきました。泥の中には魚が混ざっており、
TVや新聞のニュースでは決して感じる事のできない
生臭い現場の匂いに包まれながら、作業を続けました。
泥だしは結構大変な作業で
その中学校の卒業生の学生たちと一緒に
2時間位かけて一つの教室の泥出しを行いました。
泥だしを終えて一息ついている所に、またトールさんがふらっと
現れたので、
「今度はローラー作戦(情報収集)をやらせてください!」
とお願いし、担当者の井上あゆみさん(男)を紹介してもらい、
参加しました。
ローラー作戦は、ほんとにすばらしい活動でした。
ローラー作戦は、まず、調査対象の地域
の道行く人に話しかけ周辺の状況を確認します。
不足している物資を提供しながら、
その地域の人と会話を続け、
その地域のキーマンとその地域の人が集まりやすい場所
「キーステーション」を探していきます。
そしてそのキーステーションに定期的に物資を届け、
キーマンを中心にその地域の人に物資を
すみずみまで届けていったり、更に
炊き出しを行っていただくという取り組みです。
つまりこのローラー作戦で行われている事は
「情報収集」と「物資の行き届いた提供」と
「地域のコミュニティの再生」なのです。
これを地図上の端から順番に地道に一区画ずつ、
ローラー展開していくのです。
この部隊に加わり、感銘を受けながら
物資を配っているところ、
別の部隊から「泥だらけになった畳を運べずに
困っている方がいる」という電話が同じ部隊で
神戸出身のショウゴ君の携帯にありました。
それから僕とゆうやはショウゴ君と一緒に
「畳を外に出す作業」を行いました。
水と泥を吸った畳がこんなに重いとは思いませんでした。
12枚を3人で泥だらけになりながら運んだ後、
倒れてしまいそうになるほど
フラフラになりました。
家に畳をひいているどの家庭にもこの作業が必要で、
この大変な作業はお年寄りには絶対に無理だなぁ。
と骨身に染みて思いました。
夕方、地域が一望できる高台で、ローラー部隊は集まり、
情報の共有を行い
その情報に基いて翌日の行動計画を立てました。
着実に地域を再生していくこの動きは
全国の被災地に本当に必要な動き
だと心から思いました。
物資を配っているところ、
別の部隊から「泥だらけになった畳を運べずに
困っている方がいる」という電話が同じ部隊で
神戸出身のショウゴ君の携帯にありました。
それから僕とゆうやはショウゴ君と一緒に
「畳を外に出す作業」を行いました。
水と泥を吸った畳がこんなに重いとは思いませんでした。
12枚を3人で泥だらけになりながら運んだ後、
倒れてしまいそうになるほど
フラフラになりました。
家に畳をひいているどの家庭にもこの作業が必要で、
この大変な作業はお年寄りには絶対に無理だなぁ。
と骨身に染みて思いました。
夕方、地域が一望できる高台で、ローラー部隊は集まり、
情報の共有を行い
その情報に基いて翌日の行動計画を立てました。
着実に地域を再生していくこの動きは
全国の被災地に本当に必要な動き
だと心から思いました。
**** **** **** ****
僕ら一行は、その会議の後そのまま福島県に戻りました。
会津若松の僕らの拠点「くまんち」で
またまたお世話になり、翌朝再度
「いわき市」に入り、キンゾウに石巻で行われている事、
特にローラー作戦について説明しました。
キンゾウは、先日の赤ちゃんプロジェクトで
物資を届けた「うつくしまNPOネットワーク」で、
あの時の縁でスタッフをしており、話をした時、
ちょうど車に物資を積めていた状態だったので、
「よしこのままローラー作戦をやろう!」ということになりました。
うつくしまNPOセンターの鈴木さんから
いわき市の現状の説明を聞き、
いわき市の詳細地図をいただき、
最初にローラーすると決めた「久ノ浜」に
いきました。
「久ノ浜」とは原発から30km圏内にある避難地域です。
いわき市内の避難所には、たいてい
「久ノ浜」から避難された方がいらっしゃいます。
「久ノ浜」に着き、人を見かけると
キンゾウはさっそく声をかけていきました。
その人達は避難命令がおり、
親戚の家や避難所などに避難されたのですが
久ノ浜の家々はことごとく盗難に遭い、
家に戻って家を守らざるを得ない
ような状況の人達でした。
当然物資の供給もなく、その状況を聞きながら
キンゾウは車に積んでいた
物資を渡していきました。
その場に集まった6,7人の人達は
「わたし達は見捨てられたと思っていた。
本当にありがたい」
と言って本当に喜んでいただきました。
そして、その喜びの笑顔を見ているキンゾウは
それ以上に嬉しそうでした。
そうしているうちに、その中の一人が
町内会長さんであり、今後その方と連絡
を取り合いながら定期的に物資をお渡しすることになり、
また炊き出しも行う事にもなりました。
こんな感じでキンゾウの「いわきローラー隊」が始まりました。
先ほどキンゾウに連絡したら、
うつくしま福島NPOネットワークの
人達もキンゾウの動きに賛同して、
今日は3部隊でローラーが行われたようです。
ローラー隊は人手がいります。
いわきローラー隊に関心のある方は
キンゾウに連絡とってみてください。
キンゾウ連絡先
seiji-kanari@hotmail.com
※電話番号が必要な方は僕宛に一度ご連絡ください。
会津若松の僕らの拠点「くまんち」で
またまたお世話になり、翌朝再度
「いわき市」に入り、キンゾウに石巻で行われている事、
特にローラー作戦について説明しました。
キンゾウは、先日の赤ちゃんプロジェクトで
物資を届けた「うつくしまNPOネットワーク」で、
あの時の縁でスタッフをしており、話をした時、
ちょうど車に物資を積めていた状態だったので、
「よしこのままローラー作戦をやろう!」ということになりました。
うつくしまNPOセンターの鈴木さんから
いわき市の現状の説明を聞き、
いわき市の詳細地図をいただき、
最初にローラーすると決めた「久ノ浜」に
いきました。
「久ノ浜」とは原発から30km圏内にある避難地域です。
いわき市内の避難所には、たいてい
「久ノ浜」から避難された方がいらっしゃいます。
「久ノ浜」に着き、人を見かけると
キンゾウはさっそく声をかけていきました。
その人達は避難命令がおり、
親戚の家や避難所などに避難されたのですが
久ノ浜の家々はことごとく盗難に遭い、
家に戻って家を守らざるを得ない
ような状況の人達でした。
当然物資の供給もなく、その状況を聞きながら
キンゾウは車に積んでいた
物資を渡していきました。
その場に集まった6,7人の人達は
「わたし達は見捨てられたと思っていた。
本当にありがたい」
と言って本当に喜んでいただきました。
そして、その喜びの笑顔を見ているキンゾウは
それ以上に嬉しそうでした。
そうしているうちに、その中の一人が
町内会長さんであり、今後その方と連絡
を取り合いながら定期的に物資をお渡しすることになり、
また炊き出しも行う事にもなりました。
こんな感じでキンゾウの「いわきローラー隊」が始まりました。
先ほどキンゾウに連絡したら、
うつくしま福島NPOネットワークの
人達もキンゾウの動きに賛同して、
今日は3部隊でローラーが行われたようです。
ローラー隊は人手がいります。
いわきローラー隊に関心のある方は
キンゾウに連絡とってみてください。
キンゾウ連絡先
seiji-kanari@hotmail.com
※電話番号が必要な方は僕宛に一度ご連絡ください。
ニュースで何度も耳にする「いわき市」。
このいわき市の中で、今、この瞬間にも、
吉田さんや古川さん、そしてキンゾウが
輝きながら動いている姿が目に浮かびます。
さて、動いている間にまた色々とプロジェクトが動き出しました。
また報告しますね。
────────────────────────────
編集後記
────────────────────────────
「心援隊」による赤ちゃん引越しプロジェクト第2便は無事
2家族を大阪に迎える事ができたようです。
ご声援ありがとうございました。
http://ameblo.jp/upo-nokiseki/entry-10845260297.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◇Muzinzoの登録・停止◆
登録:件名に「Muzinzo購読希望」と明記し、お名前・配信を希
望するアドレスを記載の上takehiko@gaea.ocn.ne.jpまでご連絡
ください。
停止:件名に「Muzinzo配信停止希望」と明記し、お名前・配信
を希望するアドレスを記載の上takehiko@gaea.ocn.ne.jpまでご
連絡ください。
────────────────────────────
◇◆Muzinzo発行◇◆◇
吉澤武彦 Takehiko Yoshizawa
TEL:070-5654-1538
E-mail:takehiko@gaea.ocn.ne.jp
バックナンバーは下記で確認できます。
http://muzinzo.blog47.fc2.com/
★このメールニュースは転送、転載大歓迎です。
また報告しますね。
────────────────────────────
編集後記
────────────────────────────
「心援隊」による赤ちゃん引越しプロジェクト第2便は無事
2家族を大阪に迎える事ができたようです。
ご声援ありがとうございました。
http://ameblo.jp/upo-nokiseki/entry-10845260297.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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登録:件名に「Muzinzo購読希望」と明記し、お名前・配信を希
望するアドレスを記載の上takehiko@gaea.ocn.ne.jpまでご連絡
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停止:件名に「Muzinzo配信停止希望」と明記し、お名前・配信
を希望するアドレスを記載の上takehiko@gaea.ocn.ne.jpまでご
連絡ください。
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吉澤武彦 Takehiko Yoshizawa
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