2011/09/30

森さんの胡瓜を見た、正にその時「ハイロ」の3文字が、脳裏を走ったのであります。


先日、福島県須賀川市で、有機農業をされている
森農園の森さんから、たくさんの胡瓜が送られてきました。

森農園自慢の、ブルーム胡瓜。
 4月に福島に行かせていただいた際、
現地に住む友人から、森農園をご紹介いただいた。

森さんは、ご家族で有機農家をされていて
「食べられる土づくり」を真摯に行われ、
「森さんの有機野菜は、誰にも真似できない」と
その美味しさには、定評があった。

私は、原発事故後のさまざまなお話を伺い、
自宅に帰ってから、その際の映像を編集。

魔法9サポーターでもある、
Gさんが主催された
「福島のお話会」で皆さんに見ていただきました。

 
その際に皆さんからお預かりした
募金の一部を、
被災の「お見舞金」として
森さんに送らせていただきました。
 

そのお礼の胡瓜。
箱いっぱいに詰まった、見た目も美しい胡瓜たち。
中には、セシウム・ヨウ素が「不検出」だったという
検査結果の証明書も、入っていた。


すべて不検出です

以前、お電話でお話させていただいた時、
森さんは、言っていた。
「炭で土を除染してね、今回収穫した胡瓜、
おかげ様で、不検出でした・・。」
ちなみに、原発事故直後に
例年なら行うはずだった、田植えは
ぎりぎりまで思い悩んだ末、
「中止」という決断をされていた。

長年にわたって
「安心・安全な作物を、子ども達に食べてもらいたい。」
「安心な農業は、みんなの元気(健康)の源」
 と言って、
心底農業を愛しておられた、森さんの事だ。

今回、胡瓜を育てる決定をしたのも、
相当なリサーチや試行錯誤・思い悩みを経て、
の事だったろう、と思われます。
炭での土の除染は、相当大変だったと
思われる。


胡瓜をかじってみて、
あまりの美味しさに本当に驚いた。

「みずみずしさ(水分の度合い)」
「歯ごたえ(ハリのある実)」
「フルーティーな香り(噛めば、どこか甘い)」
そして・・なんと
見た目もパーフェクト。スッとしていながら
実がしっかりしていて、見るからに美味しそうなのだ。
(色もいい。鮮やかだ)

森さんが一所懸命
土と会話しながら、作物と会話しながら
野菜を育ててきたことが、
一口食べて、分かる味だった。


森農園のシール。
箱に貼られていた。
先日のお電話で森さんの声は、晴れなかった。
「福島の野菜が、売れない・・。」と。
たいへん苦しい状況が続いておられると思う。



こういった、真剣に農業に従事されている方々の
人生を、未来を
原発事故は一瞬で変えてしまった
安全な空気も、土も、奪いました。
いつ元に戻るのかは、
もう誰にも分からない・・。

問題は、これが、
「自然災害」ではなく
「人災」だということです

事故後、
「人の安全・いのち」を優先に
考えた対応策が、一度として、とられただろうか?
福島の方々の立場に立った
正当な生活保障は、行われただろうか・・?

まして、
謝罪や補償どころか、
事故の収束の目処もないまま、
首相は「原発推進」を国際社会に訴えている。
原発の再稼動も、考えているようだ。

国策として行ってきた
原発政策の責任を、
国も、
東電も
取らない事は、
もう、残念ながら、明らかだ。
(原発事故のあったチェルノブイリでは、
事故現場周辺の人々は
国の政策として
強制避難させているし、
事故から20年以上
たった今でも、
「人が住んではいけない、
立ち入り禁止区域(汚染地)」
として指定している。)


箱いっぱいに、きれいに
並べられた鮮やかな緑を見て
心が立ちすくみ、
森さんの笑顔を思い出した。
収穫した胡瓜を、大事そうに
箱に詰める姿。
「不検出」と示された、公的機関の調査票を
そっと入れている、森さんの背中。
一体、どんな思いでいらっしゃるのか?
想像するだけで、泣きたくなる。


安全神話が崩れた、地震国での
原発に、もはや行く末なんて、ない。


原発を肯定して生きてきた
市民のひとりとして、
自省しながら
今日も
できることを、自問自答する。


敵は、
常に頭で限界を決めては、
何もしようとしない、
自分自身を、疑わない「自分」。



少しでも、次世代に残してあげれる
環境にしたい。


皆さま、つながっていきましょう
たすけあっていきましょう
大切なものを、守りましょう
あきらめずにいきましょう。

●4月に森農園を訪ねた際の日記→ クリック

●森農園のサイト→ クリック

●上記の森農園がある須賀川市では、
原発事故直後に、
自死された有機農家さんが、いた。
決して、忘れてはいけない。
私たちは、もう悲しみを繰り返したくはない。
 → (朝日新聞 2011年3月29日の記事)